※エッセイ210回は、2020年2月16日(日)に脱稿したエッセイです。
多くの薬学生から、判で押したような声を耳にします。多くの先輩薬剤師からも、同様の指摘がなされています。それは、薬剤師の課題として、コミュニケーション能力の重要性が上位を占めていることです。それも、ずっと以前から問題提起され続けていることから察すれば、“コミュニケーション能力をブラッシュアップする努力を、どれだけ真剣に実践してきたのだろうか?”という疑問が、どうしても消えることはありません。悲しいかな、“何故、コミュニケーション能力が重要なのですか?”と訊き返してみれば、その疑問に納得してしまうのです。その“何故?”が、曖昧であり的外れなのです。ステレオタイプが何と多いことか、と評してもいいでしょう。“これがエビデンスという言葉を口にする町の科学者の現実の姿なのか?!”と思いたくはないのですが、お寒い限りと断定せざるを得ません。
私が考えている対案を申しあげましょう。コミュニケーション能力を磨き上げるコツは、多くの方々と(何らかの)目的意識を抱いて対話することです。特別な方法や難しそうな理論を弄するより以前に、日常の生活や仕事の中で、正にコミュニケーションの定義を意識した対話をすることなのです。ビジネス書や社外研修で学ぶことも大事ですが、効果の高い自己啓発機会は自分自身の周りに数多く存在しています。身近なところに散見できるのです。インフォーマルな対人関係というネットワークの中にこそ、磨き上げるヒントがゴロゴロ転がっていると思います。
そのような問題意識から、今後の学び塾では、毎回90分間、テーマを決めてノーサイドミーティングを企画しております。さらに、一人ひとりの仕事環境の中において、ノーサイドミーティングの日常化を奨励したいと考えております。今回のエッセイは、そのノーサイドミーティング(真面目な雑談会)を取りあげました。
ノーサイドミーティング(真面目な雑談会)日常化のすすめ
ノーサイドミーティング構想を描き始めたのは、今から遡ること20年近くも前になります。著名なコンサルタント柴田昌治氏の提唱するオフサイトミーティングを知ったことがきっかけでした。オフサイトミーティングの意図に共鳴して、ノーサイドミーティングへとつながっていったのです。
あれは50年近くも前の社会人成り立ての頃だったと思います。昨年のワールドカップ以来、人気沸騰のラグビーの話です。伝説と言われたイングランドVS日本戦を、旧秩父宮ラグビー場の立見席で観戦しました。6対3の惜敗でしたが、わざわざ足を運んだ理由は思い出せません。それ以降、当時の富士製鉄釜石ラグビー部の試合を、何度か観に行った記憶もあります。それ以来の隠れラグビーファンだったこともあって、ラグビーのノーサイド精神を重ね合わせて、オフサイトミーティングをノーサイドミーティングと名付けたのです。2001年の春だったと記憶しております。以来、私の企画する教育機会では、応答の対話、グループ討議が、一人ひとりの考えを公言し共有化する機会として、理解しようとする傾聴を前提とした相互啓発の機会として、かなりのウエイトを占めるようになりました。
ラグビーにおけるノーサイドは試合終了を指しますが、ノーサイド精神は“戦い終えた両チームのサイドが無くなって同じ仲間”を意味します。“試合が終われば、勝った側も負けた側もない、敵味方もない”として、“お互いの健闘をたたえ合う”という精神なのです。昨年のラグビーワールドカップ2019におけるONE TEAMジャパンの活躍で、流行語の一つにもなりました。このノーサイド精神は、正に“相手を尊重し敬意を表することが原点“と理解しております。私が企画する教育機会では、この考え方を土台としたコミュニケーションの場を意識して運営してきました。一方、前文で指摘したように、現状のコミュニケーション能力の問題点とその原因を掘り下げていくと、議論の勝ち負けに拘って自己主張に終始してしまい、相手を尊重しリスペクトすることが忘れられていることに気づかされることがあります。相手の考えに、もっともっと耳を傾けなければ、信頼と安心のコミュニケーションに至らないのです。
そのような思いが重なり合って、学び塾のカリキュラムのあり方や中身を見直しました。その結果として、コミュニケーション能力の深耕を目指して、テーマノーサイドミーティングを企画したのです。さらに、身近な表現として「真面目な雑談会」という愛称をつけて、仕事場における当たり前の日常化を目指したいのです。運用に当たっては、「ノーサイドミーティング日常化のための合言葉」を策定し共有化しております。考えたのは5項目でした。有意義な対話・会話のプラットフォーム的な位置づけになると感じております。
・相手の話は最後まで傾聴する。(傾聴姿勢を身につける)
・テーマとその目的を共有化して、全員が当事者意識を持ってコミュニケートする。
・何のためのミーティングなのか、本質的な側面を意識する。
・本人の考え方をキチンと伝えるためのアクション努力をする。
・誇れる組織・チームにしようという志を持ち続ける。
もう一つの運営面での工夫は、参加メンバーのファシリテーターとしての素養を磨きあげるために、持ち回りで進行役を担って頂こうと考えております。
現在考えているノーサイドミーティングテーマがいくつかあります。
“1.目的意識(目標意識)を高めるための秘訣を出し合ってみましょう”、“2.目的意識(目標意識)の低いメンバー(同僚・後輩・部下、上司)の意識を高めるための方途(心構え、やり方・、接し方)を考えてみましょう”、“3.薬剤師は必要なのか?その理由は何か?”、“4.現在実践している生き方(或いは、考動指針)とその理由”、“5.この一年間の自己啓発テーマとその理由”、“6.所属する業界(或いは会社)や職種における、私の考える社会的責任のあり方とその具体例”などです。テーマにつきましては、メンバーの声を反映しながら対処する所存です。生き方を考えるテーマを、身近なテーマとして位置づけたいと考えております。
井上 和裕(2020.2.16記)
【番外編:ラグビー選手の合言葉“One for All、All for One”豆知識】
“One for All、All for One”の意味や出典は、ラグビー関係者だけではなく、多くの方々の意見が検索できます。今回は、私が聞きかじった雑学的知識を紹介します。
・19世紀のフランスの文豪アレクサンドル・デュマの『三銃士』において、主人公のダルタニアンと三銃士の友情の合言葉として有名だそうです。古くは、30年戦争(1618年~1648年)前夜にボヘミヤのプロテスタントが出した声明文にさかのぼるし、古代ゲルマン人の昔からの言い伝えで、航海する船人たちの助け合いに由来するという説もあるようです。また、今日ではスイスの国是になっています。
・“一人は皆のために、皆は勝利のために”が、本来の意味だそうです。All for OneのOneは、勝利の意味のVictoryということになります。