この時期の新緑は、生きとし生けるものに対して“お互い生きる喜びを謳歌しましょう”と、誘っているように感じます。そんな時、何人も敵わない自然の持つ尊大さに圧倒させられます。この地球に生存する全人類は、自然の産物も現象も、地球全体の共有財産であり事象であることを忘れてはいけません。そういう概念から考えていかないと、地球温暖化問題もあちらこちらの紛争も解決しないと思います。
さて、80才近くになっても、小売店の売場を見回って観察する癖が抜けません。癖というのは、“あまり好ましくない言行”という意味もありますから、癖ではなく私の身近な楽しみということにしましょうか。薬剤師の道を断念して、某メーカー製品の卸売営業に転職したのが、ジャスト32才の時でした。営業職といっても、得意先(小売業)に商品を売って終わりはなく、コンサルタント志向で商談に臨みました。ですから、来店客が選び易い売場作りやより豊かな生活提案を軸にした購買促進策の企画提案に注力したのです。また、担当した得意先以外の競合店や評判店のストアウォッチングを、自己啓発の一環として欠かさず実践しました。そのような経験が積み重なって、実践的な売場作りのノウハウが身についたのだと思います。そして、いつの間にか当たり前化されて染み付いた行動習慣が、今でも小売店の売場観察を無意識に行っているのでしょう。売場と云っても、洗剤などの日用品、トイレタリー商品、サニタリー商品などがメインです。観察しながら、売れ筋商品やお店が力を入れている商品を見定めることが出来ます。また、新製品の売行き状況、季節品の売れ筋なども見当がつきます。余談になりますが、今でも当時扱っていた某メーカー商品の大ファンですから、新製品を見かけると、ついつい買い物かごに入れてしまいます。いずれにしても、私流売場観察は、私自身の脳内活性化の身近で手軽な機会(チャンス)になっているということです。実は、紹介したストアウォッチングや売場観察以外にも、以前の仕事経験がきっかけとなって習慣化された脳内活性化機会があります。今回のエッセイは、もう一つの私の楽しみを呟いてみたいと思います。
探究心は続くよ、どこまでも~初日のオリエンテーションが肝!
もう一つの楽しみは、40年近く従事した人材育成・社員教育の旗を降ろしてからも続いている、それらの志事の本質的側面を追いかけることです。これは、生涯学習としての楽しみという感覚よりも、少々頑固なまでの拘り姿勢から発しているような気がします。思い起こして考えてみますと、これまで在籍した企業のいくつかは、裏表なく社員教育に熱心な企業でした。その中でも、20数年間在籍した企業での10数年間(1980年代半ばから1990年代後半)は、グループ企業全体を巻き込んだ自前主義での社員教育が実践されていました。自前主義というのは、教育ニーズの把握から始まって、各種体系構築、マニュアル・教材作成、研修の企画・運営、そして実施後の総括までの全てを、社員によるプロジェクトチームで推進するということです。私は、チームメンバーの一員として、立ち上げから参画させて頂きました。人材育成の旗振り役であり経営者の懐刀としての教育担当者育成のために、長期的視点でプロジェクトが運営されたのです。そんな人材育成の土作りの成果は、何年かして柔軟で丈夫な根を伸ばしてくれました。あの時の弛まない努力の蓄積は、私の心技体を大きく成長させてくれたと実感しております。
取り組んだ課題の中でも、物を売るだけの営業担当からコンサルティング機能を兼ね備えたビジネスパーソン育成を目指した教育システム構築は、教育担当としての実力を養う絶好の機会となりました。一開催数日間(3日~5日間)の研修を、半期毎に3年間実施してブラッシュアップする仕組みです。具体的には、初年度の基礎コースⅠ・Ⅱ、2年目の実践コースⅠ・Ⅱ、3年目のアドバンストコースⅠ・Ⅱだったと思います。それらの研修を運営するインストラクター兼事務局として、常に意識して試行錯誤したことがあります。それが、今回のエッセイのテーマです。それは、数日間の合宿集合研修において、“どのようにしたら、受講者が自主性を持って積極的に参画してくれるか?”というテーマでした。今でも、自問自答しながら思いを巡らしている難テーマです。これまで試行錯誤しては実践してきた中から、少々自信をもって、“これだ!”といえる参画意識を高める事例を紹介したいと思います。
何をおいても、研修初日のスタートカリキュラムであるオリエンテーションの出来栄えが一番の肝となります。出来栄えを左右する要素は、“内容(項目)”、“内容の順番(フロー)”、“状況に即した応答の対話(コミュニケーションスキル&パーソナリティ)による進行”の三点でしょうか。研修日数にもよりますが、3日以上の研修であれば、オリエンテーションには2時間前後を充当しております。基本的な進め方は、理解と共有&共鳴を目指した流れをストーリー化します。文言に関しては、毎回一字一句書き出して、繰り返し練り直して用意しました。それでは、井上流基本フローを紹介しましょう。スタートは、「①歓迎の挨拶:WELCOMEいのうえ塾へ」(5分)です。以下、「②手書きOHPによる自己紹介」(3分)、「③研修のねらい(目的)」(20分)、「④研修スケジュール」(10分)、「⑤研修受講の常識:研修期間中の心構え、行動のあり方」(20分)、さらに「⑥グループ討議:教わるとは?」(30分)、「⑦私からのメッセージ」(15分)の順で進行します。所要時間は、休憩を含めて概ね2時間前後になりましょうか。試行錯誤して行き着いたこの流れによる進め方の成果は、研修後の所感で読み解くことができました。“何を、何故学ぶのか”が明確で共感できること、教わる姿勢の要諦は“頭を空っぽにすることに気づいた”という声が、かなりありました。その引き金となっていたのが、「グループ討議:教わるとは?」と「私からのメッセージ」ということも、研修まとめにおいて受講者から直接聞くことが出来ました。グループ討議とメッセージの概要についても、紹介したいと思います。
「⑥グループ討議:教わるとは?」は、元プロ野球選手・元監督の廣岡達郎が著した『意識革命のすすめ』(講談社文庫)から引用しました。第2章の“教わるということ”の一節です。思想家・実業家の中村天風(1876~1968)は、インドの哲人でヨガの大酋長カリアッパを師と仰いで、ヒマラヤ第三の高峰カンチェンジュンガの麓で修行しました。カリアッパと出会ってから教わるまでのプロセスを題材に、“教わるということは、一体どうすることなのか?”を、グループ討議を通して回答するカリキュラムです。受講者にとって、二人の問答には、目からウロコという声が多く聞かれました。
「⑦私からのメッセージ」は、受講者の経歴や年齢に応じて、その都度考えるのが常でした。その中で、一番共感度合いが高かったのは、文豪島崎藤村(1872~1943)の言った三智でした。ご存知の方が多いと思います。藤村の言う三智とは、“この世には三智がある。学びて得る智、交わりて得る智、自らの体験によって得る智がそれである”です。私なりに解釈しますと、“自ら求めて学ぶこと、人と出会い交流して学ぶこと、実際に行動した体験から学ぶことが、物事を理解する能力を育んでくれる”ということでしょうか。正に、三智は学びの基本であり、教わる時の姿勢として肝要な見識だと思います。私の見解を伝えてから、“この研修期間は、三智を体現できる絶好の機会と捉え、率先垂範して参画しましょう”と、必ず付け加えておりました。
今回紹介したオリエンテーションの進め方は、今の私にとってベストの進め方です。他方、経営環境の変化に即応した“もっと良いやり方はないだろうか?”という探究心は、今でも消えることがありません。アメリカ民謡『線路は続くよ、どこまでも』(佐木敏・訳詞)を口ずさみながら、“探究心は続くよ、どこまでも”精神を灯し続けたいと思います。
EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2025.5.19記)