エッセイ102:これが大事~知り学んだ経験を、どう生かすか

投稿日:2015年12月20日

 平成5年(1993年)4月8日、ある日本人青年が殺害されました。異国の地で、崇高な志半ばで倒れたのでした。二昔以上も前の出来事ですが、忘れられません。
 青年の名は中田厚仁さん、その時25歳でした。大阪大学出身の中田さんは、国連カンボジア暫定行政機構(UNTAC)の選挙監視員に応募して、亡くなる前年7月からカンボジアの平和維持活動にボランティアとして参加していました。UNマークのついた車でカンボジア職員と移動中、武装集団によって車から降ろされて、至近距離から銃撃されたそうです。
 厚仁さんがアメリカ留学中、ある先生から一生心に残る言葉をもらったといいます。「あなたが学校に何かを求めているのと同じように、学校もあなたに何かを求めているのです。あなたは必要とされているのであり、求められている人であることを忘れないでください」と。
 求められているのであれば何ができるのか、何を為すべきか。厚仁さんは、そう自分自身に問いかけ、以降、積極的になったようです。父親である武仁さんは、そのように語ったそうです。また、「仕事の性格上、最悪の事態を覚悟していた」とも話されていたようです。
 現在のカンボジアの発展の裏には、多くの尊い志と悲惨な現実や犠牲が横たわっているのです。知り、学び、そして忘れない。そうすれば、行動のあり方の巾も広がってきます。一生謙虚に学ぶことは、人間の義務なのだと思うのです。

これが大事 ~ 知り学んだ体験を、どう生かすのか

 今年の夏、岩手医科大学薬学部の自由科目「東日本大震災の被災地薬剤師から学び考える“これからの薬剤師のあり方”」に、コーディネーターとして参加させて頂きました。
 この企画を提案し、お手伝いするようになって3年目になります。私が捉えております成果と今後の課題を中心に呟いてみたいと思います。

 3年前のスタート時の主目的は、“被災県にある薬学部学生として、被災地に出向いて東日本大震災を知ること、学ぶこと”でした。無関心ではないのでしょうが、発災時の被災状況や医療活動の実態を知らない学生がかなり多いと感じたからでした。企業と大学がもっと密に手を結んで、知り学ぶ機会を提供する必要性を強く感じ行動を起こしたプロジェクト活動でもありました。
 今回の取組みは、過去2年間の反省も踏まえて、学習方針、教育成果、到達目標を吟味しました。
 一方、回を重ねる毎に、震災から日が経つほどに、“知るだけで良いのだろうか!”という問題意識が大きくなっていくのが分かります。9月下旬、この自由科目のまとめ(90分)がありました。この機会に、私の問題意識を受講学生に問いかけることにしました。当日は十分な時間が確保できないこともあって、メッセージを認めて渡しました。以下、その一部を抜粋して紹介させて頂きます。

 『こんにちは。ガイダンスを担当いたしました井上でございます。また、7月27日(月)の被災地バスツァー(1年生対象)の企画、運営も担当いたしました。
 一昨日、皆さんのMY新聞の写しを頂きました。早速、昨日から拝見し拝読し始めて、いま読み終えたところです。新聞作成の意義(意味)については、ガイダンスで申しあげた通りです。その意義を思い起こして頂いて、これから差しあげます私からのメッセージの本意を考えて欲しいと思います。
 MY新聞は手書きの作品です。一人ひとりの感性表現であり個性の産物です。ですから、“一作品一作品と向き合わなければ”と、心に決めて味わってみました。いくつもの要素が影響する見栄えや出来栄えは、個性の産物ですから当然ありますが、今回のMY新聞では、そのことは大した問題では無い様な気がしております。
 一年生のIさん、Oさん、Gさんと読み進めながら、一人ひとりとはいかないまでも、私なりに感じたことをお話したくなりました。そうすることは、私なりの皆さん方への礼儀作法である、という考えでもあります。
 以下、私が気づき学んだこと、感じたこと、そして皆さんに問いかけて考えて頂きたいことを、思いつくままに呟いてみましょう。全対に関するメッセージと学年別のメッセージの二つに分けて編成したいと考えております。
 尚、この自由科目の受講学生の学年別内訳は、6年生3名、5年生2名(他5名が岩手県防災訓練のみ参加)、3年生3名、1年生20名でした。

●受講者全員へ
 何を学び、感じ、そして気づき、これからの目標をどこに定めたのか、それぞれがそれぞれの視点(着眼点、観点)で表現されている、と受け止めております。
 掲載された内容は、多くの方に共通する記事もあれば、1人だけが取りあげた記事もありました。それで良いのです。何故なら、受講目的とその優先順位が、1人ひとり異なるからです。さらに、感じ方や眼の付け所も異なります。それが個性であり、だから共同作業による化学反応が活発化するのです。
 大切なことは、事実を観察すること、素直に感じること、想像しながら気づくこと、可能な範囲で掘り下げて考えること、期限を決めて必ず結論をまとめることです。レスポンスカードとMY新聞から、それぞれの立場(学年、大震災との関わりなど)の目線で表現されていると思いました。私はそう感じています。その点で、先ずは全員に花丸を差しあげたいと思います。
 つまり、未知(場合によっては無知)であったことを既知に変換できたことです。何事もそうですが、知ること(知識修得)が成長への第一歩ですから、これは皆さん方にとって大きな収穫であったはずです。
 一方、知ったという第一歩は、やっとのことスタートラインに立てた段階でもあります。つまり知ってお終いでは、薬学部で学ぶ資格はありません。ガイダンスでも申しあげたことですが、もう一つ重要なことは、“今回の体験を今後にどうつなげていくか”ということにつきるのです。
 それは、気づいたこと、感じたこと、問題だと意識したことを土台として、“これからの1年間(或いは半年間)、日々の学業・私生活において、何を目標にして取り組むかという具体的計画を立てて実践する”ことです。PDCAサイクルを自力で回すことです。
 1年生の場合、多くの方々が宝来館の女将さんの姿勢に共感され刺激を受けたと思います。特に「3.11を風化させてはならない」と。例えば、阪神淡路大震災でも、日航機の御巣鷹山墜落事故でも、近年頻発している気象災害でも、日が経てば常に風化の危機に晒されます。ですから、今回感じたことや気づいたことを、同じ学年の仲間と話し合って、小さな活動につなげて欲しいと思うのです。
 例えば、「来年も参加する」(継続は力なり)、「仲間を誘う」(共感者を増やす)、「この体験を友人・知人・家族に話してみる。MY新聞を紹介する」(積み重ねは力なり)で良いのです。続けることで、新たは発見と人との出会いにつながります。それは69歳になる私の経験則なのです。
 
 出来栄え、見栄えについて、少しだけアドバイスしましょう。
 一般論ですが、内容が素晴らしくても、見栄えが悪いと読んで頂けない度合いが高くなります。基本はプレゼンテーションと同じです。
誤字・脱字は論外と扱われます。不明瞭な句読点も同じです。
段落が判別不能もありました。縦書きでも、横書きでも、一目見て分かる工夫が必要です。
 当然、丁寧な字で書くことが大前提ですが、読み難かった新聞もあります。字の上手下手の問題ではありません。心を込めて書くということです。心を込めるという精神は、岩手医科大学の建学の精神である「医療人たる前に、誠の人間たれ」に相通じることではないでしょうか。私の見解ですが。
 MY新聞の体裁を新聞形式にしていますから、実際の新聞の体裁がどうなっているのか研究して欲しかった人が何人かいます。この機会に新聞の基本骨格を勉強することです。それは1時間で可能だと思います。ほんの小さな努力(小研究)の積み重ねが成果に大きく影響するのです。

●5年生へ
 実務実習がありながら、積極的に複数の自由科目を受講した勇気と積極性に、敬意を表したいと思います。
 医療の仕事の原点の一つは、その時その時の事象とキチンと向き合って、どれだけ影響力を発揮できるか、できたかにかかってきます。それも対人関係としての影響力です。災害医療は、正にその一点につきます。そのような力を身に付ける場は、実は、日々の活動・生活の中での対人関係の中にあるのです。日々のコミュニケーションのあり方につきるのです。5年生の場合、所属講座の同級生との関わりの中にこそ、力を蓄える機会が多く存在すると思います。今のチームワークを、そのまま推し進めてはいかがでしょうか。
 もう一つ、実務実習では、現役薬剤師から学ぶことが沢山あります。一方、課題も見えてくるはずです。自由科目での経験、実務実習での経験から、将来目指したい薬剤師像、人間像を、できるだけ具体的に明確にして欲しいと思います。考え方の巾が広がってきますから。

●3年生へ
 他大学の薬学生との交流から、大きな刺激を受けたことでしょう。
 皆さんが入学して、2年半経ちました。日々の授業、部活、そして今回の自由科目(課外活動)などから、薬学を学ぶ意義、学んだことが将来どのように生かされるのか、… 少しずつ見えてきた段階かもしれません。
皆さんが考えている以上に、認識している以上に、薬剤師、薬学履修者の職能範囲は、かなり広く深いと思っております。災害時での医療活動、防災活動は、そのことを知る絶好の機会だと思います。ただし、一度の体験だけでは表面すら見えてきません。今回の受講で、大きな意義を感じたのであれば、来年、再来年と、継続して参加して欲しいと思います。先の長い3人には、このテーマを掘り下げて学び続けることを期待しております。この一点につきます。一つのテーマを掘り下げる活動から、オンリーワン(差別優位性)が芽生えるのです。3人の将来を楽しみにしております。

●1年生へ
 1年生の場合、20名が参加したことに大きな意義があったと判断しております。
 入学して半年、大学生活のあり方にようやく慣れてきた段階でしょうか。毎日が、新たな知識との出会いでしょう。それを理解するだけで精一杯だったでしょうし、戸惑いもあったでしょう。
しかし、何とか理解しなければ先へは進めません。目の前の学習と向き合って、一つひとつクリアするしかありませんね。肚を括って取組みましょう。
 今回の自由科目については、気づいたこと、やろうと決めたことを、行動レベルで積み重ねてください。そして、来年も、自主的に手をあげて参加してください。学び続けることで、釜石方式の真の姿が見えてきますから。これが、1年生へのメッセージになります。

 以上、私の感じたこと、気づいたことを申しあげました。
 理解できないことはありませんでしたか。また、私の勘違いや理解不足があったかもしれません。その場合は、遠慮なく指摘をしてください。不明の点は、問合せしてください。
 私の教育理念の一つに「共に学び、共に成長する」という項目があります。この自由科目では、私自身の勉強にもなりました。皆さんから学んだこともありました。これからも、共に成長していきたいと願っております。
 最後に、不思議な縁で出会った皆さん方に感謝申しあげます。この出会いを大切にして、これからも切磋琢磨して参りましょう。
 有難うございました。』

 以上、私から受講者へのメッセージの抜粋でした。

 さて、何事も“知ってお終い”では、思考停止のまま風化の一途を辿るでしょう。
 今回の体験をスタートラインとして、知って学んだことを掘り下げて、だから“これからの1年間(或いは半年間)、日々の学業・私生活において、○○○を目標にしてこのように実行します”という具体的実行計画を立て、倦まず弛まず着実に行動を積み重ねることです。つまり、PDCAサイクルを自力で回すことです。
 私が申しあげたいことは、唯一その一点につきるのです。現役薬剤師の皆さんには、等身大で構いませんから、そのお手本を示して頂きたいと願っております。

                                                                         (2015.10.15記)

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