エッセイ329:自分の身近なところに目標を置こう~美点凝視の習慣

投稿日:2025年5月20日

 この時期になりますと、街頭で新社会人と思しき若人を目にします。“とにかく、初志に向かって、地に足をつけて、精一杯励みましょう”と、視線圧を送っております。

 その新社会人に対して、1989年(平成元年)から提唱し続けてきたことがあります。社会の一員として躾化したい言動例として考えついた“入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」”です。内容と経緯に関しては、エッセイ154回に掲載しております。この行動習慣は、TK販売在職中に1年間ともに仕事をしたFさんとの共作でした。Fさんは、合併したTK販売の第一期社員として1988年(昭和63年)4月に入社し、私の所属する教育部配属となりました。翌年入社の新卒新入社員育成目標策定にあたって、社会人一年生であるFさんの意見も聴きながら、いくつかのアイディアを取り入れました。その一つである「美点凝視の習慣」をテーマにして完成させたFさん自作の教材は、いのうえ塾新卒新入社員導入研修の定番カリキュラムとなりました。今回のエッセイは、若くして永眠したFさんの人となりと、Fさんが考案したカリキュラムを紹介したいと思います。

自分の身近なところに目標を置こう~美点凝視の習慣

 先ず、Fさんの紹介から始めたいと思います。Fさんは、私が在籍していた合併新会社であるTK販売に、新卒第一期社員として入社してきました。1988年(昭和63年)4月ですから、昭和世代のアンカー社員になります。同期入社は総勢26名で、新入社員導入研修後は、私の部下として教育部配属となりました。教育部は社内の教育を一手に引き受ける、今後の会社の命運を握るとして新設された部門でした。入社時のFさんが語った熱い思いを、記憶を辿って披露してみましょう。“我々(同期入社)の力で、何か革命を起こすということを、皆で誓い合った”、“今までの人生において、これほど人間の良さを感じたことはなかった”、“周囲の環境に流されないためには、自分の意志を強く持ち続けなければならない。これが出来なければ、研修で学んだことが無駄になってしまう”…… 。

 振り返って、改革意欲の旺盛な第一期社員に対する社内の期待感は、かなり高かったことが思い起こされます。Fさんは、頭脳明晰で真剣に考え抜く努力家であり、自分が決めたことは納得するまで追求する頑固者でもありました。さらに、色白で細身な体形からは想像し難いのですが、人の数倍も負けず嫌いの一面を併せ持っていたと記憶しております。入社当初は、自分に自信が持てなくて、皆の後に引っ込んでいることが殆どでした。人間関係は、先ず回りの人達のことが第一優先というのも彼の基本スタンスだったと思います。翌1989年(平成元年)、Fさんの将来を考えて営業部門へ配置転換しました。数年間は苦労の連続だったようですが、地道な努力を続けて着実に成長していったようです。その証しとして、2001年(平成13年)4月には、同期の中で第1号のエリアマネジャーに抜擢されたことを知りました。年が明けた2002年(平成14年)の春先だったと思います。Fさんから“是非、お会いしたい……”との電話がありました。当時の私は、TK販売を辞して、某ドラッグストアチェーンで人事教育の仕事に携わっていた時期です。用件は“現在、当社の業績はジリ貧です。なぜそうなのか、教えてください。どんなことでも構いません”という、かなり切実なものでした。私がTS販売を退職して、現役社員からそのようなお願いをされたのは、後にも先にもFさん一人だけです。大きな危機感を抱いた真剣な姿勢から、Fさんの本質を見た気がしました。

 それから数ヶ月して、Fさんが入院したことを知りました。それも、“余命数ヵ月らしい”と……。翌年退院するまでに、二度ほど見舞いに伺いました。2002年(平成14年)10月下旬、大学付属病院の談話室だったと思います。“病気を治すためにこの病院を選んだのです。がんばって治して見せます”と、明るい笑顔の決意表明をしてくれました。病室にノートパソコンを持ち込んで、仕事をしていたのです。2度目のお見舞いの時は、血色も良く、“彼の生きたいという強い思いは、この難敵をやっつけてしまうだろう”と願わずにはいられなかったほどでした。しかし、そのような願いとは裏腹に、2003年(平成15年)8月下旬に、38才という若さで永眠されたのです。進行性の速い癌でした。奥様と3人の子供を残して。あまりにも早すぎる死に、Fさんの霊前で、ただただ涙することしか出来ませんでした。

 今でも、ふっと思い出すことのあるFさんは、社会人1年生の師走に、ある研修教材を企画し完成してくれました。前文で紹介した「美点凝視の習慣」をテーマにした「自分の身近なところに目標を置こう」というショートカリキュラムです。このカリキュラムは、相手の長所・美点・善行だけに目を向けることがポイントとなります。それらの中から一つ選んで自分自身の目標とし、それをカードに記入して本人にプレゼントするというプロジェクトです。当時を振り返って、新入社員であっても、取組み課題の目的と取組むことで得られるメリットが共感・共有できれば、難題と思える課題を試行錯誤しながら完成させることが可能であることが分かってきます。“モチベーションを刺激して、目的意識を失わずに試行錯誤させる”という実践例だと思えてきました。それでは、その教材を紹介したいと思います。

【課外プロジェクト:自分の身近なところに目標を置こう】

 人間が成長するためには、“目標を持つことが大切だ”とよく言われます。しかし目標を持っても、達成するのは決して容易ではありません。なぜ達成できないのでしょうか?その主な原因は、目標の立て方にあると思われます。目標の立て方が下手だと第一歩が踏み出せません。「明日の覚悟は覚悟じゃない」という格言があるように、明日からやろうというようでは、その目標は直ぐに目標ではなくなってしまいます。では、どのように目標を立てたら良いのでしょうか?それは、具体性に具体性を重ねることにつきます。6W3Hを動員するのも一つの手ではありますが、「自分の周りにいる人そのものを目標にする」という手があります。これ以上の具体的な目標はないのではないでしょうか。

 しかし、人間には良い面もあれば悪い面もあります。ここでは、悪い面には目をつぶって良い面だけを観る「美点凝視」を目指すのです。もし、そのようにして自分の中に吸収できれば、立派に“目標によるセルフマネジメント”と“美点凝視”を実践し、自分自身に磨きをかけることができるのです。幸い、今あなたの周りには、自分にはないものを持った同期入社の面々がいます。各人の持っている目標にしたい点を、ここに具体的にまとめあげて、これ以上ない目標を立ててみましょう。

 (私)    は、(あなた)    さんの       を目標にします。(  年 月 日)

 

  EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2025.4.5記)

【参考】エッセイ154回:入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」その経緯(2017.11.16記)/エッセイ158回:もっと知りたい“入社1年間…「新・23の行動習慣」”その3(2018.2.19記)

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