*今回のエッセイは、昨年12月中旬に書き終えたものです。
師走も半ばを過ぎました。数日すれば冬至です。そろそろ気持ちを整理して、新たな年の希望を描く準備をしなければと思い始めております。
さて、前回と前々回のエッセイで紹介した初志(こころ)プロジェクトは、想定以上の成果を生みました。アレコレ考えての戦略・戦術が功を奏したのですが、そんなプロセスを読み解いて検証する能力は、いわゆるコンセプチュアルスキルを磨き上げてくれます。しかし、そこまで掘り下げて初志プロジェクトを理解してくれた方は、残念ですが数少なかったと思います。そのことはさておきまして、学生の就職活動のあり方について、基本的なことを押さえておきましょう。入社後のミスマッチを少しでも解消するための方法として、学生自身が能動的行動姿勢を前面に出して、もっともっと主体的に企業研究をするべきだと思います。そのことをつくづく感じたのが、2004年(平成16年)前後でした。エッセイ321回で言及しておりますが、今でもその思いが消え失せないでくすぶっているのです。今回のエッセイは、321回と322回の続編になります。会社説明会を始めとして、インターンシップなどの会社訪問時に、その会社の実態をより正確に知って、自身の理想を実現できる可能性の程度を判断できる質問内容を考えてみることにしました。薬学生向けですが、全ての学部学科の学生や専門学校生、さらに転職を視野に入れている社会人にも通用する内容にしたいと思います。
会社訪問時、是非聞き出したい質問内容(調剤薬局の場合)
薬学生の採用業務に携わった初年度は、学生の就職活動取組み姿勢の実態を把握することに注力しました。最初の就職相談会でのやり取りから、何とも言えない違和感を覚えたからです。“こんなにおとなしい受け身の姿勢で良いのだろうか?”、“何を目指して薬学を学んでいるのだろうか?”、さらに、“このような活動で納得のいく就職先に出会うのだろうか?”という感覚です。薬学部六年制がスタートした頃には、“これから40年は続く仕事人生を決する就職活動を、どれだけ真剣に向き合って観聴きし、考え抜いて就職先を決めているのだろうか?”という問題意識が弾けてしまいました。先ず、その当時、私が強い危機意識を感じた就活中の薬学生、卒後一年目の新人薬剤師の実態の一部を紹介したいと思います。
驚いたことのトップは、“薬剤師法第一条には、何が書かれていますか?”、“薬剤師の任務は何ですか?”、“どのような薬剤師を目指していますか?”、“弊社のブースを訪れた理由は何ですか?”などの問いかけに、回答に窮する学生が多かったことです。就職活動の目的や進め方が不明確のまま企業ブースを回って、受身で聞く学生の比率が高かったのでした。さらに、会社訪問することなく就職先を決定する方の存在を知って、発する言葉を失ったことが思い出されます。もう一つ気になったのは、早期退職者の存在でした。入社半年足らずで退職し、人材紹介業を通じて面談した新卒薬剤師が、3年間で10名近くいたと記憶しております。共通していたのが、目指す薬剤師像が言えないだけでなく、就職先に求める具体的項目が曖昧だということでした。退職理由を訊ねても、ハッキリとした回答が得られないことから、再就職先でやっていけるのか疑問に感じたほどです。薬剤師の卵である薬学生も現役薬剤師も、薬剤師不足の中で大事にされ過ぎてきました。積極的に働きかけなくても、容易に内定手形が入手できたのです。超売り手市場が当たり前化して、ぬるま湯に浸かっていることに気づいていなかったのでしょう。今回は取りあげませんが、大学側の姿勢にも問題があるとさえ感じたこともありました。
上記のような実態を目の当たりにして、“このまま放置しておいては後悔する”という意識が、急速に膨らんできました。その根底にあったのが、引く手あまたの薬学生も、早晩選ばれる時代が来るという感触でした。そのことを前提として、使命感を持って日々学び、主体的で納得のいく就職活動を実践して欲しかったのです。試行錯誤しながら考えた末に、“一先輩薬剤師として、危機感を前面に出して問題提起する”こと決意し、私の考える就職活動のあり方を提案する初志プロジェクトを立ち上げました。具体的には、大学主催の就職相談会、人材紹介業主催の合同会社説明会、自社の会社見学会において、会社のPR説明はさておいて、人の命を預かる薬剤師の使命の重要性を説き、使命を果たすための仕事内容の多様性と厳しさを訴え、主体的に汗をかいて自らが意思決定する会社研究を実践するように働きかけました。希望する薬学生には、私が企画運営する「就職活動のあり方を考える会」(正味3時間)を用意して、何度か開催しております。そんな機会において、その会社の実態をより正確に把握するための質問内容を提案しました。経営理念に始まって、給与体系、福利厚生制度、教育システムを含む人事制度、人材育成の仕組み、転勤制度を含めた希望配属先の可否、在籍薬剤師数、各薬局の診療科別処方箋応需枚数など、処遇や会社の基本概要を把握することはもちろんですが、自分自身の将来を託すに値する会社であるかを判断できる内容作成に、私が持ち合わせている能力を総動員しました。入社後のミスマッチは、いずれの側にもデメリットが多すぎます。ミスマッチを、少しでも減らすことを主眼として考えました。今回は、当時の質問案を見直して、さらに5項目追加しております。調剤薬局を対象としましたが、業種業態を問わず応用可能な項目と自負しております。
◆会社訪問時、是非、聞き出したい質問内容(調剤薬局の場合)
・これから薬局が生き残るためには何が必要でしょうか?
・現在の薬局は、患者や生活者からどのように観られていると考えていますか?
・現在の薬剤師の課題を教えてください。喫緊の自己啓発テーマは何でしょうか?
・御社の理念を教えてください。具体的な取組み事例でお願いいたします。
・御社の目指す“かかりつけ薬局像”を教えてください。実現のために取り組んでいる具体的事例を、併せて教えてください。
・御社が優れていること、自慢できることは何でしょうか?その理由もお願いいたします。
・御社の課題として自覚していることは、どのようなことでしょうか?
・御社の在籍薬剤師数は何名でしょうか?内、かかりつけ薬剤師は何名でしょうか?
・〇〇様の仕事のやりがいは、どのようなことでしょうか?経験談をお願いいたします。
・〇〇様の生きがいは、どのようなことでしょうか?是非、拝聴したいと思います。
・仕事は好きですか?嫌いですか?その理由は、どのようなことでしょうか?
・会社は好きですか?嫌いですか?その理由は、どのようなことでしょうか?
・薬剤師の仕事は、厳しい仕事でしょうか?楽しい仕事でしょうか?
・医療人の働き方改革が叫ばれています。御社の現状実態と方向性を教えてください。
・御社の在宅医療の取組み状況を知りたいと思います。同行見学は可能でしょうか。
・SGDs的な地域との取組み事例を紹介頂きたいと存じます。
勇気を要する質問事項が殆んどですが、知りたい理由をきちんと添えて訊くことがポイントとなります。質問理由を受けとめて、事実を丁寧に述べてくれる会社であれば、ミスマッチは起こらないでしょう。「なぜ、そのような質問をするのですか?」と、逆質問されることもあるかもしれません。また、受け流されることだってあるかも知れません。その様な時は、「何も分からないことだらけです。是非、教えてください」と、頭を下げて質問するように方向づけしました。
以上、私からの提案を申しあげました。いかがでしょうか?就職活動の基本は、本人自身が能動的活動を実践することだと思います。今回のエッセイは、そのための問題提起であり、実践して欲しい提案の一例です。このような啓発活動を続けている理由として、私の苦い後悔体験があったからです。そこで、求職者としての私が味わった悔しい呟き話で締めたいと思います。私が東京薬科大学を卒業(1969年)してからの54年間、現役を引退するまでに転職した回数が9回ありました。転職理由を精査してみると、対人関係を含めた、いわゆるミスマッチによる転職が4回もあったのです。ちなみに、残り5回の転職理由は、キャリアップが3回、父からの懇願による薬剤師の道を閉じた転職が1回、それまでお世話になった社会への恩返しが目的のプロボノ的転職が1回でした。ミスマッチを4回も繰り返しましたが、入社後の仕事に関する求職先との事前コミュニケーションが不十分だったことです。会社側の曖昧な対応に押し切られたのでした。中には、入社日に事前約束を反故にされた会社もありました。
いずれにしても、“ミスマッチは起こり得ること”と腹に決めて、起きないようにするための強かな対応策を練って面接に臨むことです。そうすることが、自身の心技体を鍛え上げる持続可能な基本方程式ではないでしょうか。
EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2024.12.19記)
【参考】エッセイ321回:立場の垣根を…(2028.11.18記)/エッセイ322回:初志プロジェクトの…(2024.12.2記)/エッセイ208回:出向く、会う、そして対話する~私の転職活動作法(2020.1.18記)/エッセイ296回:還暦を迎えてから、どのようなことをやりたいか考えていますか?(2023.11.11記)