エッセイ321:立場の垣根を越えて、それぞれが考案しなければならない課題は?

投稿日:2025年1月20日

 *エッセイ321回は、昨年11月に書き終えたエッセイです。 

 エッセイ318回(Yさん而立の教育観)の後日談から始めたいと思います。 “教育とは何か?”のレポート提出からひと月半後に、Yさんはインストラクターを務めるときの本人用セルフマネジメントチェックリストを作成しました。レポートの中で強調していた覚悟を具体化した13項目です。常に“後がない”という本気度が伝わってきました。チェックリストを受け取って、私の心の中では、一人前のレベルに達したという卒業証書を差しあげることにしました。Yさんが独り立ちしたことの認定書であり、これからは、手助けすることを極力控えて、人知れず見守るということです。そう決意したことも、私の記憶にキチンと残っていました。四半世紀前のそんな風景は、単なる懐かしさの域を超えて、Yさんと一緒に真剣な姿勢で仕事に励んだことを思い出させてくれたのです。そして、そのような環境の中で切磋琢磨できたことに、改めて感謝の気持ちが湧きあがってきました。さて、今回のエッセイは、今年(2024年)の四月半ばに報道されたニュースで気になったことを取りあげたいと思います。

立場の垣根を越えて、それぞれが考案しなければならない課題は?

 新年度がスタートすると、多くのマスメディアで入社式の様子が報道されます。目についたのが、入社早々離職する新入社員に関することでした。その様な状況は、今に始まったことではありませんから、さほどの驚きはありません。しかし、今年の場合、何か情けないような悲しいような思いが、半年以上経過しても残っているのです。

 エッセイ313回(2024.8.17記)で紹介しましたが、厚生労働省が2024年(令和6年)10月28日に公表した“新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)”によりますと、就職後3年以内離職率が高校卒38.4%(前年比+1.4P)、短大卒44.6%(同+2.0P)、大学卒34.9%(同+2.6P)でした。これらの数字は、30年間概ね変わっていないようですが、この数年はプラス傾向にあるようです。個別の離職理由は分かりかねますが、報道されている内容からすれば、問題は企業側にありそうな感じもします。一方で、新入社員側にも何らかの問題がありはしないのか、どうしても気になってしまうのです。さらに、非常に驚いたことがあります。入社前から転職サイトに登録している新社会人が増えているということです。もう一つは、本人が離職意思を伝えるのではなく、退職代行サービス業者にお願いするケースがあるということでした。離職意思を代行する職種の存在を初めて知りました。それも、SNSを介して対処することが半数以上のようです。そういうやり方が許されるかどうかは別にして、やり方の変化に少々面食らってしまいました。

 いずれにしても、現状実態とその原因を客観的な眼で検証し、それぞれの立場で、理想と現実のギャップを埋める努力をしなければいけないと思います。先ずは、企業の採用活動と入社後の育成の仕組みに関することがあげられます。次は、学生の就職活動のあり方に関することです。さらに、学生に対する学校側の支援のあり方も練り直す必要性を感じております。つまり、「企業の採用活動のあり方と入社後の育成のあり方」、「学生自身の就職活動のあり方」、「学校側の就職活動の支援のあり方と現状の認識度合い」のそれぞれに本質的問題があるのではないか、ということです。その中でも、私が一番危惧していることは、生きていく基盤となる“仕事の目的をどのように考えているのか?”、“何のために仕事をするのか?”ということであり、最終的には“これからの人生、どう生きていくのか?”という新社会人の人生観の問題に行き着きました。その様なことを思い続けながら、閉じかけていた問題意識が目を覚ましたのです。そして、20数年前から試行錯誤してきた薬剤師の採用のあり方を呟きたくなりました。それも、薬学生の就職活動のあり方の啓発に関することです。

 薬学生の就職活動について、これまでのエッセイで、何度となく問題提起と提案を試みてきました。20年近く前から、薬学生を対象とした就職相談会において、私が在籍する会社の説明はさて置いて、私の考える“初志(こころ)プロジェクト”と命名した本質的な就職活動のあり方を、声を大にして説いてきました。呼応してくれた薬学生には、ひざ詰めに近い形で問うたこともあります。振り返って、私がエッセイを始めようとした一番の理由は、現状の就職活動のあり様に問題を投げかけ、さらに具体的方途例を提案して就職活動を見直して頂くことでした。

 その当時、毎年、採用の仕事を通して300名前後の薬学生と接しておりました。その中で、特に気になったことが、就職活動は目先の会社選びが主目的で、「働くことの意義」や「目指す薬剤師像」の不明確な薬学生が多かったことです。就職相談会や会社説明会に参加される多くの方々が、将来像はさて置いて、“病院か、調剤薬局か、はたまたMRか”で企業研究していることに、大きな疑問を感じたのです。医薬分業が右肩上がりで急展開していましたから、薬学生にとって、超がつくほどの売り手市場の真っ只中にいたことが一因かもしれません。ブースに訪れた学生に、“あなたはどのような薬剤師を目指していますか?”、“薬剤法第一条には、何が明記されていますか?”と質問しました。戸惑ってしまう方、答えないで下を向く方、怪訝そうな顔をして立ち去る方の多さに、私の方が戸惑ってしまいました。一方で、少数ではありましたが、私の問いかけに耳を傾けて、真剣な表情で反応してくれる薬学生もいらっしゃいました。

 いずれにしても、先輩薬剤師として、これではかかりつけ薬剤師の育成は“夢のまた夢”という危機感を覚えたのです。超売り手市場に胡坐をかいている状況に目を覚まして、自分事の能動的就職活動に切り替えて欲しかったのです。そのような経緯があって、つぶやきエッセイ1回目のタイトルは、“どんな薬剤師になりたいの?~ それが私の第一声”(2005.4.1記)にしました。患者と生活者から感謝され、いわゆるかかりつけ薬剤師になるための出発点は、薬剤師法第一条にある薬剤師の任務を肚に落として、何をおいても“私のなりたい薬剤師像を明らかにすること”を、強く問いかけました。これから何十年も続く人生を有意義にするための根っことなるものです。それと同時に、その原点となる“どのような人間を目指すのか?”“どのような仕事に従事して自己実現を目指すのか?”、そして“何のために仕事をするのか?”などを明らかにしてから企業研究を進めるように提案しました。今回の報道を耳にして、“どのような就職活動を通してその会社を選んだのか”、“そのプロセスに問題はなかったのか”を、キチンと見極める必要性を感じました。その上で、インターンシップ参加を含めた企業研究を掘り下げて行うことです。私は、転職を否定しているのではありません。同じ轍を踏んで繰り返し転職することに、警鐘を鳴らしたいのです。20年前の薬学生の採用活動を通して感じていた問題意識が、そっくりそのまま顔を出してきたのでした。

 もう一つの課題は、学生と新社会人に対する教育問題があると思います。学校と企業のそれぞれが、自分事として継続して取り組まなければならない課題です。教育ニーズは、その時々によって異なってきますから、日々アンテナの感度を高めておくことです。茹でガエル現象は許されませんから。しかし、基本的な教育テーマは不易だと認識しております。私見を紹介したいと思います。具体的には、生き方や人としての素養がどうあれば良いのかを、自問自答と相互啓発で収斂させる教育です。いのうえ塾では、「人生と仕事」というカリキュラムを用意しております。具体的には、「社会人への出発(学校と会社の違い)」、「人生と仕事(人生における仕事の意義と価値)」、「人生における仕事の意味」、「人は人づれ木は木づれ」、「社会にとって会社とは何か(社会における会社の存在価値)」、「会社の組織(組織の目的と役割分担、職責と権限)」、「会社のルール」の7テーマを、合宿で丸一日取り組んでもらいます。

 以上、薬学生との関わりを中心に呟いてきました。しかし、今回のような離職問題の本質は、全ての職種に共通します。早期離職の原因が何であれ、表面に出ている問題の底にある本質的課題と方途を明らかにしなければ解決には向かわないでしょう。このままでは、新社会人はもちろん、企業や学校側にとっても不幸なことです。ごく一部の現象かも知れませんが、放っておいてはいけません。理想と現実のギャップは、多かれ少なかれどこの世界にも存在します。そのギャップと発生原因を明らかにして、二度と発生させない努力を厭わないことが基本だと思います。

 最後に言及しておきたいことがあります。どのようなミスマッチにも共通する課題があります。日常のコミュニケーションのあり方です。対面によるコミュニケーションを、日々小まめに植え続けることです。当たり前化することです。もう一つは、ノーサイドミーティングの日常化です。これらが機能している組織では、ミスマッチが改善・改革の教材になっています。仕事を楽しむ空気が満ち溢れているのです。                     

  EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2024.11.18記)

【参考】エッセイ313回:職場でも家庭でも、志や夢を、いま目指している目標を語ろう!(2024.8.17記)/エッセイ210回:ノーサイドミーティング(真面目な雑談会)日常化のすすめ(2020.2.16記)

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