エッセイ233:勉強の楽しさ

投稿日:2021年7月5日

 人材育成の仕事(組織名が教育部)に携わったのが、38歳目前の1984年(昭和59年)でした。現在も続けられていますから、人生の半分弱をこの仕事に注力して、いつしか仕事から志事へと辿り着いた感があります。

 知識・技能はもとより、ノウハウも含めてゼロに近いレベルからのスタートでした。未熟さを丸出しして、目の前の仕事一つひとつに手を付けるだけで精一杯の状況でした。やり終えたとしても30点(100点満点)にも満たない出来栄えだったはずです。さらに新設部門でしたから、方針も実務も一から構築しなければなりません。とにかく、目の前にある大小多くの課題をこなすことが最優先でした。悩んでいる余裕も、あれこれと考える時間すらありませんでした。それらをどうやって対処したのか、思い出すことはできません。ハッキリ記憶しているのは、誰よりも早く出勤し、最後に退勤したことでしょうか。数年間は続けたと思います。もう一つは、サポートしてくれた方々、何らかのお手本を示してくれた方々の存在です。今こうやって好きになった仕事を続けていられるのは、その当時の出会いと関わりのおかげなのです。ここでも感謝の念を忘れてはいけないことを学びました。話を進めましょう。

 40歳代半ばまでは、この仕事に就いて“良かったなあ”と感じることはありませんでした。それが本音です。その日その時の問題を解決し、課題を達成することに精一杯だったからでしょう。良かったと実感できる心の余裕がなかったということです。四捨五入で50歳に足を踏み入れた辺りから、仕事や同僚・友人・知人に感謝することが増えてきました。“良かったなあ”、“嬉しいなあ”、“有難いなあ”、“もっと頑張らなければなあ”、“これもやらなければならないなあ”という呟きが、自然と頭の中を駆け巡るようになったのです。今回のエッセイ233回は、今年に入って“良かったなあ”、“嬉しいなあ”と実感した事例を紹介しましょう。紹介したいのは、一年前に社会に出た保険薬剤師Nさんのいのうえ塾研修レポートからの抜粋です。「入社(社会人)9ヵ月間を振り返って」がレポートテーマになります。

勉強の楽しさ

 Nさんのレポ―トには、二つの気づきが述べられていました。今回取りあげるのは、その中の一つ“勉強することの楽しさ”です。先ず、その内容を紹介しましょう。

 私がこの9か月間で一番前進したことを紹介します。それは「勉強することの楽しさ」を感じることが出来るようになったことです。以前の私は、勉強が嫌いで不満ばかりを漏らしていました。勉強を「やらされている」と感じることが多かったです。しかし日々、薬のこと、患者さんの精神的ケアの方法などの勉強を続けていくうちに、いつしか勉強することに対して当たり前のことと思えるようになり、以前にはなかった「学びたい」という気持ちを強く感じるようになりました。今回、勉強することが好きになったことを紹介しようとした時、何故、気持ちに変化が起きたのかを考えました。しかし、答えは出ませんでした。もしかしたら、自分が学んだことが患者さんの役に立ち「ありがとう」と言われたことが嬉しかったので、その影響かもしれません。辛い勉強の時間を継続したことにより、自信がついたことも大きいと思います。自分から、率先して勉強することにより、以前よりも学べることが多くなりました。井上先生がおっしゃっていたように、勉強を好きになることはとても重要なことであると、この9か月間を通して学ぶことが出来ました。毎日、気づきを大切にしてこれからも薬剤師として頑張っていきたいと考えています。 (2021年1月14日)

 私が、Nさんにとって一番“良かったなあ”と感じ入ったことは、やらされ意識から脱して、学びたいという気持ちになったことです。それも、“強く感じている”という自覚です。薬剤師に求められる職能(職務遂行能力)は、日々の勉強の継続がなければ身に付けることは不可能です。“継続は力なり”、“積み重ねは力なり”を具現化するための基盤は、正に“学びたいという気持ち”を絶やすことなく膨らますことに尽きます。そのためには、学ぶことが好きであること、勉強が好きになることを、避けて通ることはできません。それが私の考え方です。さらに話を拡げて考えてみましょう。

 私が薬学生の採用に携わって20年になります。その間、何らかの形で接した薬学生は、少なく見積もっても千名を超えていると思います。会社説明会・見学会や個別面談、採用面接における質問の中で、頻度の高い問いかけがあります。それぞれ目的は異なりますが、「あなたは、どのような薬剤師になりたいと考えていますか?」、「あなたは、勉強が好きですか?」の二つです。二つ目の「あなたは、勉強が好きですか?」は、薬剤師の新卒新入社員や若手社員にも必ず訊くことにしております。問題提起も含めた重要な質問という位置づけです。併せて、「勉強の目的は何ですか?」、「何のために勉強しているのですか?」、「勉強したことで、役に立ったことはありますか?それは何ですか?」など、自分自身の本心と向き合って考える問いかけと応答の対話に多くの時間を費やすようにしております。勉強が好きか嫌いかの問いかけに対して、“好きです!”と答えてくれるケースは稀です。しかし、国家資格である薬剤師に付託されている任務を果たすためには、勉強し続けていかなければ立ち行かないこと位、有資格者であればお見通しのはずです。国家試験に合格さえすれば、何とかなるという世界ではないことは、薬学部在学中から分かっているはずです。将来薬剤師の道を歩むのであれば、何のために勉強し続けるかを腹に落とすことは、学生時代に乗り越えておかなければならない壁ではないでしょうか。その壁を気持ちよく超えるためには、勉強を好きになることは避けて通れないと思います。この機会に啓発的私見を申しあげましょう。

 「勉強の目的は何か?」に正しい回答は無いように感じています。極論すれば、人の数だけ答えがあるということでしょうか。このことを理解し腹に落としておいた方が良いと思います。一方、私の経験からすれば、「勉強の目的は何か?」は難問でした。しかし、答えを見つけることが難しくて苦しいけれど、自分が学びの主人公として向き合えば、何とか辿り着けるのです。さらに、「勉強が好きか、嫌いか?」へと連鎖します。その結果、“私は学びたいから学ぶのだ”という固い意志があれば、勉強は楽しくなるものではないでしょうか。それが私の経験則であり、現時点での考えなのです。

 Nさんに話を戻しましょう。これまでやらされ意識で勉強していたNさんは、この9ヵ月で大きな壁を乗り越えたのです。そんなNさんに敬意を表するとともに、次の新たな壁への挑戦を期待しております。新たな壁には、誰かに与えられる壁もあるでしょうが、自身の全知全能を動員して自主的に創造した壁があります。PDCAサイクルをスパイラルアップする実践行動こそが、10年後、20年後にも通用する職能を開発してくれるのです。目の前の壁は当然として、ライフワークとして取り組み続ける壁の両面作戦で、末長い自己啓発の旅を続けてください。期待感大です。

    井上 和裕(2021.4.10記)

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