エッセイ220:再度、人の心を動かすためには……

投稿日:2020年12月18日

  *今回のエッセイは、8月8日に脱稿したエッセイです。

 前回のエッセイ219回では、久し振りにコミュニケーションのあり方を呟きました。その前文の中で、強く指摘したことからおさらいしましょう。それは、私たちの周りを見渡せば、情けないほどの反面○○があちこちにいらっしゃるということです。人生経験の浅い若人であれば、いつかは気づいてくれると見守りますが、マスメディアに顔を出される影響力の高い方々の中に、立派な教材となる反面○○の存在を見かけます。曖昧な表現になりますが、並の感受性や想像力であってもスイッチをONにすれば、自戒の行動指針を学ぶことことが可能なのです。例えば、問題が指摘された時の政治家がよく使う言葉に、“真摯”や“謙虚”、“誠意を以って…”があります。つぶやきエッセイやE森でも、何度となく登場した言葉です。その様子を観察すると、“真摯や謙虚・誠意の私の解釈が間違っているのだろうか!”と、ため息が出るほどの反面○○なのです。真摯・謙虚・誠実とは程遠い、厚顔無恥の言行不一致としか思えません。

 一方、“人の振り見て我が振り直せ”ではありませんが、私自身も反面○○としてみられる言動を、何度となく行っていたことも認めなければいけません。ですから、いちいち指摘をして問題提起する資格なんてありませんが、最近気づいたこと、自戒の課題として学んだことを、今回のエッセイで考えて頂くテーマとして取りあげたいのです。

再度、人の心を動かすためには……

 何事においても、本質的なあり方を考える時、先ず基本をしっかりと身に付けておくことに異論はありません。しかし、基本修得だけで、信頼と安心のコミュニケーションに辿り着くほど簡単ではないと思います。そういう見解から、私はこのようにしております。身に付けた基本を土台として、その時々の状況に応じた方途、相手となる一人ひとりの心情に応じた方途を、その都度立ち止まって考えながら対応しております。限られた時間的余裕に即して、という条件付きではありますが ……。結局は、十人十色の対応策を施すことですから、画一的な能力アップ策だけでは限界があるのです。修破離ではありませんが、基本修得の段階を卒業したら、自己啓発・相互啓発で試行錯誤しながら破の段階を乗り越えていくことが王道のような気がします。“避けては通れない”というのが、私が抱いてきた経験則になります。

 そんなことを思い出しながら、当たり前の基本なのに、置いてきぼりにされている大切なことを取りあげてみたいと思います。チョッとその気になれば、誰にでも実践可能なことばかりです。その気になれないのであれば、残念ながら、あなたのコミュニケーション能力はお寒い状況が続きます。年を重ねる毎に錆が積もり積もって、強力サビ取り剤でもお手上げになるでしょう。新型コロナウイルス禍が続いています。今後、ますます忘れ去られていくような気がしてならない基本中の基本ばかりです。

その1:賢者は長い耳と短い舌を持つ/賢者は九聴いて一喋る

 先ずは傾聴です。コミュニケーション能力の基本中の基本であることは、飽きるくらい耳にするキーワードですね。しかし、実行となると、かなり難しいことの一つに仲間入りしてしまいました。最近、傾聴の重要性を気づかせてくれた事例から紹介しましょう。

 30年前になります。就職活動中のGさんは、K社の前身T社を選び入社しました。当時のT社人事教育責任者として、採用と育成に携わっていたのが私でした。そんな旧知のK社現役社員Gさんとの仕事論を中心とした情報交換がきっかけで、K社と中田薬局との連携取組みが、昨年末からスタートして現在に至っております。企業と企業、それも異業種企業の取組みです。最初の2か月間は、継続した連携活動の可能性を判断するためのミーティングに注力しました。中田薬局2名、K社4名によるキックオフミーティングを、昨年11月12日に開催しております。以降、中田薬局とK社の理念・経営方針・業務課題を、ノーサイドミーティング的に披露し合いました。目的や考え方の像合わせから合意に至るプロセスを、特に重視して進めたことが記憶に残ります。ミーティングの進行役を、私と一緒に務めたのが当時の岩手支店長だったGさんでした。50才半ばのGさんは、話し方と表情が自然体でソフトなのです。自身の考えを中心に対話するのではなく、メンバーの声を聴く、考えを引き出すことを意識して進めるのです。ファシリテーター役、コーディネター役に徹して、共有・共感から合意の道へと導いていくのです。参加者全員の表情を拝見すれば、満足のいく有意義な会合であったことが明らかでした。Gさんのような上司の率いるチームは強いだろう、と想像しております。

 改めて当時を反芻すれば、傾聴は魔法の力であることに気づかされます。メンバーの意見や考えを聴く、応答の対話を通して意見や考えを引き出す、その中で自身の考えも提起する、そのステップを繰り返しながら結論へと導いているのです。今回は、事前打合せを念入りに行って、会合毎のゴールを設定して進めました。事前打合せについては、暗黙の了解風に、お互いが提案し合いました。Gさんは、今年の1月に転勤となりました。後任支店長のNさんは、Gさん同様に旧知の間柄です。K社ではマーケティングと人事の仕事経験があり、新たな気づきを与えてくれると期待しております。この数回のミーティングから、ある教えを思い出したのです。それが、“賢者は長い耳と短い舌を持つ”、“賢者は九聴いて一喋る”です。賢い人は、他人の意見をよく聴き、しかも、自分からは余計な話はしない、という意味でしょうか。傾聴は不易の基本ですが、日常のコミュニケーション機会において、もっとしゃしゃり出て欲しいキーワードと感じた次第です。この取組みは、新型コロナウイルスの影響で中断しております。目的達成に向けて、焦ることなく進める所存です。

その2:柔和な眼差し、優しい語り口調、真摯な対応

 重要なことや大事なこと、或いは正しいことであっても、プロパガンダ風に叫んだり、断定的に強く言われると、反発したくなることがあります。意義あることを話しているのに、見向きもされず“ハイお終い”という結果になりかねません。また、強調する正論と現実の行動が不一致であれば、嫌悪感に支配されてコミュニケーションが成り立たないこともあります。幾度となく申しあげておりますが、“○○ファースト”の強調と繰り返し、“真摯で誠実に説明責任を果たす”と公言しながら梨の礫の実態(悪態と言いたい)、…… 嫌気がさしてきます。例え100%の正論であっても、心の底から賛同できない事態は起こり得るのです。

 和顔愛語という四文字熟語をご存知でしょうか。エッセイ号外編でも取りあげました。“和顔”は和やかで温和な顔つき、“愛語”は親愛の気持ちがこもった言葉、という意味になります。和やか・温和・親愛は、顔つきと言葉つきだけではなく、さらに立ち居振る舞いにまでつながっていきます。温和な顔つき、柔和な眼差し、優しい言葉遣い、親愛のこもった立ち居振る舞いが、目指したい和顔愛語の本質と解釈しております。これまで何度か取りあげてきました和顔愛語、肩の力を抜いた自然体の和顔愛語は、どなたかとコミュニケートする時の基本の一つではないでしょうか。難しいアレコレのノウハウよりも、的を得た分かり易い基本だと思います。失言・放言を繰り返す方々の謝罪会見で、こうすれば良いのにと感じることがあります。紋切り型でありきたりの陳謝もどきではなく、自分自身の非を率直に認めて、正に真摯に誠実に反省の弁を述べて欲しいということです。真摯という言葉を繰り返し使っているのに、真摯とは程遠い自己弁護に出会うことが何度もあります。もう、うんざりです。

 他者は自己を見つめる鏡ではありませんが、対人関係の潤滑油は、“柔和な眼差し”、“優しい語り口調”、“真摯な対応”だと実感しております。この三つも、傾聴と同じように、遠い昔からの基本中の基本なのです。傾聴、柔和な眼差し、優しい語り口調、真摯な対応の四つは、北風をさえぎる太陽と同じです。しかし、隅に追いやられてしまいました。対人コミュニケーションの態度指針は、和顔愛語につきると思います。日常のコミュニケーションは、“傾聴”と“柔和な眼差し”、“優しい語り口調”、“真摯な対応”が基本なのです。強制力を伴う指示型コミュニケーションは、緊急を要する時、即決・即応しなければならない時だけにしたいと思います。

  井上 和裕(2020.8.8記)

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