エッセイ115:教育成果を左右する自己動機づけ

投稿日:2016年6月20日

 教育成果を左右するものは、一体何だろうか?どのような要素が当てはまるのだろうか?
 研修会、勉強会、OJT、講演、ミーティングなど、どのような教育機会、育成機会においても、常に意識し手探りを繰り返しながら現在に至っております。その一例をエッセイ1?回(続・教育機会におけるオリエンテーションの重要性)で取りあげました。
 今回のエッセイでは、成果を左右する重要な構成要素の一つであります「動機付け」について考えてみたいと思います。
 先ず、現在私が考える“動機付けとは何か?”に触れておきましょう。
仕事を立派にやること、勉学に励み修得することへの熱意と関心”と定義しております。
 教育担当の立場では、全ての教育機会において“自己動機付けをいかに引き出すのか”という大命題との葛藤であり、“どれだけ引き出すことができたか、どれだけ影響できたのか”が評価の大前提である、という話になります。いつも難題で逃げ出したくなる代物です。
 何故、難題と位置づけている“動機付け”を取りあげたのか? その理由を最初に申しあげておきましょう。
 昨年の初夏になります。ある企業から若手薬剤師10名を対象とした勉強会を委任されました。一にも二にもコミュニケーション能力をブラッシュアップすることが狙いでした。経営者と人材育成が主任務の人事担当者からの聴き取りを念入りに行ない、未熟と判断した基礎部分の習得に特化したカリキュラムをカスタマイズしました。“コミュニケーションの基礎知識を一から学び直すこと”と共に、“限られた時間の中で、自身の考えや伝えたい事柄をいかに的確に伝えるか”という話し方の実戦力を身につけるために『2分間スピーチ』と『テーマレポート作成』を組み入れました。全8開催(1開催当り3時間~4時間)で、短期集中の2週間で行ないました。休日も含めた関係で、受講者にとっては厳しい日程だったと思います。スピーチとレポート作成は毎回です。全て、遵守ルールを設けました。それらは、一人ひとりの意欲度を観るための仕掛けでもあるのです。
 また、全受講者に対して、経営者自らが時間をかけて個別面談することを絶対条件として請け負いました。個別面談は有効なコミュニケーション手段であり、社員育成の基本の一つなのです。対話を通しての重要な動機付け機会になります。これは?啄同時の考え方と同じですが、人材育成の場合、啄という行為内容がポイントですね。教育担当や上司の腕前が試されることになります。
 一方、この個別面談の実態に目を向けますと、お寒い限りの企業が多いのではないでしょうか。

 前置きは以上にして、昨年の秋に実施した若手薬剤師10名との勉強会から、自己動機付けと教育成果の関係を呟いてみたいと思います。主観的側面に依る判断になりますが、自己動機付けの度合いが教育成果に及ぼす影響度が少しは見えてくるのです。

教育成果を左右する自己動機付け

 初日はオリエンテーションです。(オリエンテーションの重要性は、エッセイ75回、110回をご参照ください)
オリエンテーションは、正に10名への動機付けの重要な機会であり、10名の自己動機付けの状況を量る機会となります。また、いのうえ塾定番カリキュラムである毎日の2分間スピーチとテーマレポートは、それぞれに複数のメリットがあります。そのメリットの中でも重要なのが、一人ひとりの自己動機付けの実態を窺い知ることができることにあります。
 先ず、推し量った結論から申しあげましょう。
 受講した10名の内、4名(以下A組)は積極的な参画姿勢で終始しました。この機会にコミュニケーション能力を高める、という目的意識が明らかな取組み姿勢でした。
 2名(以下B組)は、明らかに“参加したくない。学ぶ気もない”という姿勢でした。ほとんど下を向いたままで、簡単な問いかけに対してすら、聞き取り難い微かな声で「分かりません」と返答してくるばかりなのです。私の顔も見てくれません。メモもほとんどとりません。メモの重要性については、常に言及しているのですが、それでも筆記用具は脇に置いたままでした。馬耳東風という言葉が、久方ぶりに眼の前を飛び回りました。“会社の指示だから出ているだけ…”という程度の受講理由でしょうから、席を温めているだけになります。“その忍耐強さの使い道はないか?”、さらに“どこまで続けていられるのか?”などと、頭を過ぎったしだいです。
 残りの4名(以下C組)は受身型で、その場の状況に合わせて行動するタイプと感じました。

 問いかけに対する発言などの積極性の違いは初日からの徴候でしたが、3日目から明らかな違いが出始めました。特にA組とB組の習熟度(教育成果の一つ)の違いです。その明らかな違いを、2分間スピーチの出来栄えで比較してみましょう。
 2分間スピーチは、毎日全員が同じテーマでスピーチします。テーマは日替わりですから、全員が同じ8テーマを話すことになります。原稿は600文字(±10文字)で用意し、当日提出がルールです。本番は原稿無し、2分間ピッタリでタイムアップとなります。早く終われば、残り時間の埋め合わせの必要性も生じます。2日目には、プレゼンテーションの3要素(内容、話し方、態度・姿勢)を学びますから、3日目以降は、それらの課題も意識しなければなりません。
 コミュニケーション能力をブラッシュアップするためには、前日の数々の地道な事前準備にかなりの時間を費やすことが求められます。そこにこそ、自己動機付けの強弱が顔を出してきます。
 A組の4名は、日によって多少の違いはあれども、及第点の毎日でした。及第点のレベルも日を追う毎に、(徐々にではありますが)明らかに上がっていくのが分かりました。
 先ず、2分間±5秒で話し終えるようになりました。内容も、メリハリがあって分かり易いストーリーへと進化していきました。話し方や姿勢も、意識して改善しているのが分かるのです。本人自身が成長している手応えを感じ始めているのではないか、とさえ思えてきます。
 一番の感心事は、“私の話を聴いて欲しい”という熱意を感じたことです。その熱は、聴く人の心の中を駆け巡ります。伝播するのです。聴き手が、一時でもいいから、その熱を正面でキャッチするという経験をすれば、それが自分自身のコミュニケーションのあり方を掘り起こすきっかけになるのです。成長へとつながっていくのです。
 一方B組ですが、残念ながら2週間での成長は、微々たる物ではなかったでしょうか。いや、マイナスだったかもしれません。やりたくない、早く終わりたい、だから早口になります。同じように原稿を用意しながら、1分35秒前後で終了してしまいます。声は小さく聞き取れない箇所がかなりありました。視線は落としたままですから、聴き手はそのことが気になって内容どころではなくなります。その日のレポートには、改善目標を自書しながら、最後までその改善努力は感じられませんでした。どうにか気づいてくれるよう方向付けしたものの、聴く耳を持って頂けなかったということになります。結局は、私の力の無さを認めるしかありませんでした。
 C組は、A組B組どちらの影響を受けたかによりますが、進歩と停滞を繰り返しながら、2週間で成長の手応えを感じることはできました。日常の仕事場での定期的な動機付けフォローを、経営者と人事担当者にはお願いいたしました。
 毎日のテーマレポートにも差を感じました。それは、主に改善に対する主体的姿勢とその内容です。これに関しては、別の機会に取りあげたいと思います。
 一番早く書き上げたのはB組の2人でした。15分ほどでしょうか。C組が続きます。
 A組の4人は、その倍以上の時間をかけて仕上げます。必ず、本日学んだ教材を開き直して復習から始めます。消しゴムのカスも多いのです。考えながら練り直している証しでしょうか。
 一番の違いは、教材やメモを書き写すのではなく、自分の言葉で翻訳をして表現している箇所が多いことです。借り物のレポートではないのです。そして、主体的、肯定的、目的的な内容なのです。この傾向は、8日間変わることはありませんでした。

 今、それまでの“いのうえ塾”を振り返りながら、動機付けの重要性をつくづく感じております。さらには、動機付けの難しさに苛まれている私がいるのです。尽きることのない課題ですが、倦まず弛まず取組むしかありません。春間近い2月下旬、椿の開花が待ち遠しい今日この頃です。
                                                                      (2016.2.22記)

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