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エッセイ182:私の気づきは、「基本の大切さ」と「考えることの必要性」

 前回のエッセイでは、新入社員教育のあり方を、それまでの経験則や先入観から離れて、ゼロベースから見直した経緯と着眼点を中心に取りあげました。見直しの根っこには、新卒を含めた薬剤師の採用難が続いていることがあげられます。要員確保という難題が、常に頭から離れません。人材紹介会社にすがったこともありましたが、結局は自力で解決するしか道がないことも教わりました。あれこれ手を打ってはみますが、発芽するまでには至らないのです。原点に返って、新卒薬剤師の採用基本コンセプトを再定義して、一人ひとりの自立促進を啓発するやり方にこだわりました。
 薬学生の採用に関わって20年近くになります。10数年前からは、その時々の就職活動で感じた問題提起と方法論を中心に、長期的視点で共に考えるコンサルティング手法の採用活動を続けて現在に至っております。しかし、岩手県沿岸の薬剤師過疎地では、努力しても思うような実績に結びつかないのが実態です。それでも基本コンセプトは変えることなく、知恵を出して新たなやり方にチャレンジしたのが3年前になります。決めつけていたデメリットを逆手にとり、地域に根付いた小企業だからこそ実施可能なオンリーワン志向の会社見学会を企画して、「なかたシップ」(参照:エッセイ160回)と命名しました。逆転の発想の一つかもしれません。ちなみに弊社のメリットは、「フットワークの良さ」、「意思決定の速さ」、「全社的意思共有レベルと協力度の高さ」、「築き上げた他職種&多職種連携と相互支援実績」、「地域包括ケア先進地域の薬局」と認識しております。
 なかたシップは3年間で6開催しました。参加者の多くは、弊社の選抜選考試験を志望してくれています。初めて釜石を訪れた首都圏の薬学生からは、釜石エリアにおける地域包括ケアの進捗状況、多職種連携実態を目の当たりにして、“それまで抱いていた薬局薬剤師業務の可能性に対する閉塞感が払拭された”、“やる気が湧きました。それが一番です”という声を頂きました。今年度2名に続いて、平成31年度も3名の新卒薬学生が入社予定です。そんな3年間の手応えが、新入社員教育の抜本的見直しを後押ししてくれたと思います。
 今回のエッセイは、新任薬剤師Mさんの新入社員研修レポートを紹介しましょう。Mさんとは、就職活動のアドバイス、Mさん自身が立ち上げたサークル活動への支援を通して、4年生の時から関りがありました。回りまわって、同じ会社で学び合う間柄になったのです。
 お願いしたレポートは、以下のような問いかけになります。

  ●平成30年度新入社員導入研修も、残すところ一開催になりました。
   この数ヶ月間を振り返って、あなた自身が感じたことや気づいたことを中心に、
                             新入社員導入研修のレポートをお願いいたします。
   研修内容を、さらにスパイラルアップするための参考にすることが一番の目的です。
   自分自身の言葉で表現してください。イッパイ書き出してください。

私の気づきは、「基本の大切さ」と「考えることの必要性」

 企画し運営する人財育成責任者として、身につけて欲しいこと、気づいて欲しいこと、理解して欲しい本質的な側面は、あれもこれもと欲張り満載になります。それは当然であり、同志に対する期待度の表れなのです。しかし、私自身の50年前の姿を客観的に省みれば、あれもこれも身に付けることは“無理偏にゲンコツ”であることが明らかです。無理を承知で詰め込みを繰り返せば、押し付けと受け取られモチベーションを下げてしまいます。ここは、“焦らない”、“怒らない”、“威張らない”の三ナイ精神で、消化不良にならないように、育成目標の優先順位に沿った状況対応が基本と考えるようになりました。私の場合、「問題解決の思考プロセス(観る、聴く、感じる→考える、組み立てる、掘り下げる→表す、伝える、説得する)の理解と共感」、「修破離の理解」、「行動と意識をセットで革めることの本質の理解」の三点を、上位三項目としております。将来無くてならない人財の重要な必須要件でありながら蔑ろにされていること、その真意を理解するまでには時間と経験を要することが、優先順位の上位三項目とした理由の根幹なのです。
 Mさんのレポートから、平成30年度新入社員教育の手応えを感じております。以下、レポート内容の全文を紹介したいと思います。平成31年度は、さらに充実した仕組みにするという気持ちを、一層強くしてくれました。


 研修を振り返って大きく2点、①基本の大切さ、②考えることの必要性に気づくことができた。
 ①基本の大切さ
 研修初日の「入社3年間は徹底した基本修得の3年間にしよう」という言葉を皮切りに、研修では基本が身についていないケースや真のプロとアマ(プロではない)との違いなどを考えて基本の重要性を考えた。
 基本が大切なことくらい誰だって分かっているから、本来ならこんなことはスルーされるが、研修中は何度も基本の大切さに触れた。それには何か理由があるはずだと考えた。それはおそらく、なぜ基本が重要かを聞かれたら答えられる人は少ないからではないだろうか。また、基本が身についていない人(プロではない人)ほど他人のせい、つまり他律要因にしまいがちになる。他律要因が多ければ、PDCAサイクルはうまく回らずに失敗を繰り返していく。さらに、今の私はプロなのだろうかと考えた。世間から見れば薬のプロと思われる・見られているかもしれない。しかしながら、まだまだ知らないことが多く、先輩方と比べたら経験値も少ないため、まだ本当のプロではないと感じる。だからこそ、真のプロを目指すべく素直に教えを乞い、必死に学んで基本修得の徹底を行う必要があるのだと思った。
 ②考えることの必要性
 まことプロジェクトを通して考える意識は段々と身についてきたが、今回の研修期間では登場した重要な鍵となる言葉(文章)が言わんとしていることは何か、意味を自分なりに考えるようにした。そうすることで、日常に溢れる教えの根源や日々の成功または失敗の出来事の要因となっていることに気づき、共感・納得する、その繰り返しだった。
 例えば、私達は「自分に厳しく、人には優しく」という言葉をよく耳にする。優しさ・厳しさの定義が若干異なるかもしれないが、この言葉は研修でいうところの「自分のこと:相手のこと=49<51の姿勢」や「克己心と自助力」ではないだろうかと考え、その言葉に納得した。
 ところで、研修期間中、井上さんがこれ程までに考える意識を身につけさせようとしているのはなぜなのか。私の答えは薬剤師の役割を全うするため、患者さんの声を傾聴するために必要だからと考えた。薬剤師法の第一条には「薬剤師は調剤、医薬品の供給、その他薬事衛生をつかさどることによって…」と書かれている。そのうち、薬局薬剤師が大きく関わるのは調剤の部分である。処方せんに沿って薬を正しく集めることが調剤であるなら、薬剤師ではなく、他の人間(下手したら子供)や機械にだってできる。しかし、調剤が薬剤師である理由なのはあれこれと考え、医薬品の適正使用と医療安全の確保を図ることができるからだ。その役割を果たすためには「考える」過程が外せない。また、患者さんが薬の持続時間を聞いてきたとする。その質問の裏には患者さんは、ある時間になって症状が出てきて不安を感じていたり、その時間をもとに調節して薬を服用しようと考えていたりする。加えて、患者さんが訴える症状は教科書通りに行かないことがほとんどだ。だから、私達は患者さんが薬剤師に伝えんとする意味全体(内容や気持ち、状況)を必死に考えて、イメージを広げ理解する。それができてやっと「傾聴」となる。傾聴するためには考えることが尽きない。考えが足りなければ患者さんはこちらに心は啓かない。つまり、信頼される関係は築かれない。
 さらに、考えることの必要性は、①基本の大切さで述べた他律要因ばかりではPDCAサイクルをうまく回せないことにも繋がる。他律要因が多くなってしまうのは考えが足りないことも関係してるため、自分を客観的に見て、自律要因を探す(考える)必要がある。よって、「考えること」は薬剤師の役割を遂行するため、患者さんの声を傾聴するため、目標達成・問題解決に必要だから、常に考えるように努めなければいけないのだと思った。
 研修期間で気づいたことは、普段の流れていくような業務中では、なかなか考え、気づき難い。だから、ふとした時に、ある経験をした時に、気づくことができるように ひっかき傷をつけられたのだと感じた。研修が終了しても、この傷を消さないように大事にしていきたいと思う。

                                                (2019.1.23記)

エッセイ181:人財育成は10年先(長期的視点)を見据えて誂える志事

 人は誰でも、さらに伸ばしたい長所・美点、改善したい短所・欠点を併せ持っています。その具体的な中身は十人十色であることはもちろんですが、状況によって長所と短所が反転することもあります。“禍を転じて福と為す”或いは“失敗は成功の因”的なことだってあるでしょう。生活環境や仕事環境、そして対人関係も、だから味わい深さ、不思議な趣き、そして面白味を感じることがあります。一度や二度の失敗で落ち込むことはないし、クヨクヨなんて不要と思うこともありました。
 課題達成の計画案、問題を解決する時の対策案にも、同じことが言えるのではないのでしょうか。知恵を出し合って決めた対案には、メリットとデメリットがあります。ですから、列挙した対案を比較選択する場合、メリットとデメリットを真剣に吟味して、それらを一つひとつ検討したうえで最終決定することが、実施結果を左右することになります。
 そのメリットとデメリットは、経営環境の変化で変わってきます。定例的に継続開催される行事や取組みの場合、実施することが目的化されてしまい、メリットが見失われるだけではなく、デメリットが表に出てきても見過ごされてしまうことがあります。どんな仕事でも、マンネリ化の可能性を秘めていますが、気づき難いだけなのです。そのような危惧を感じながら、平成30年度の新卒新入社員研修を見直しました。今回のE森は、その経緯と着眼点を取りあげてみましょう。

人財育成は10年先(長期的視点)を見据えて誂える志事

 一昨年の立秋過ぎになります。平成30年3月卒業予定の薬学生2名が入社することになりました。30年以上も新入社員教育を企画し運営してきましたが、教材はもとより、あり方や進め方も含めて、それまでのやり方を見直す決意をしたのです。見直すというよりも、ゼロベースから新設計図を描くという感覚でした。現状に対する不満や問題意識がそうさせたというよりも、マンネリ化したと思える私自身の行動姿勢が理由だったかもしれません。
 思い立ったら速攻屋の私は、着眼大局という視点を忘れずに、それまで実施してきた新入社員教育のメリットとデメリットを、つぶさに書き表しました。過去30年間の仕事経験や薬学生とのプロジェクト活動で感じたことをもとに、育成課題の兆候や教育ニーズの把握に努めました。その上で、“人材育成の仕組みと教育ニーズとの適合性はどうか?”、“目的・目標が明確か、そして適格か?”、“客観的なデメリットは何か?”など、それまでの経験で得たものから離れて、本質に向かって掘り下げてみたのです。入社後の日常業務における育成のあり方についても、作りあげる問題という視点で考え直しました。その過程で参考になったのが、2013年(平成25年)に11名の後輩から頂いたレポート『人生の先輩から見知らぬ後輩への伝言』です。そのレポートは、現在も関わりを持っている50才前半から30才前後までの現役ビジネスパーソンから新社会人への貴重なアドバイス集なのです。
 私が目指しているのは、目先のことに囚われないで、長期的視点に立った人財育成プログラムを誂えることです難題ですが、10年先、20年先を見据えたカリキュラムを編成することです。“問題意識を高める”、“掘り下げて考える”、“意思決定したことを公言し伝える”という、問題解決の思考プロセスの修得を進め方の中心に据えて企画し運営することです。“人間としての成長”を育成目標のトップに掲げて、相手の立場に立つことの難しさ、信頼と安心のコミュニケーション実現の難しさを体得する機会を、可能な限り組み入れることも意識しました。日程とカリキュラムを確定するまで、延べ数週間以上かけて土台作りに腐心したと思います。その過程で考えた運営指針も紹介しましょう。
 「内発的自己動機づけの持続・継続・スパイラルアップ」、「一人ひとりが考える。考えたことを発表する。熟議して意思決定する。決めたら誠実に実行する。行動事例をコツコツ地道に積み重ねる」、「応答の対話で、理解&共感&共鳴へと紡ぐ」、「人財育成プロセスのストーリー化」、「自主運営、自力解決」、「成長=根気×積み重ね×継続の具現化」「復習と振り返りの充実」、……。これらの指針の主語は、私であり受講対象者になります。
 抜本的見直しの志事を通して、何処に目をつけるのかという着眼点(視点)、そして理念を具現化できる業務遂行能力の重要性を感じました。“だから人財育成なのだ”、そして“人財育成はエンドレスなのだ”ということを、改めて認めさせられた気がします。

                                       (2019.1.17記)

エッセイ180:理解しておきたい組織運営に関する基礎知識

 2018年(平成30年)は、体調の芳しくない年でした。
 安定していた血圧でしたが、昨年(平成29年)10月辺りから高めが続いたことで、それまでの降圧剤が変更になりました。併せて、しばらく血圧を測定することにしました。1月半ばから2月下旬まで、1日5回(起床時、10時、12時、16時、20時)を目安に、実態把握に努めたのです。日々の血圧の状況が分かったことで、メンタル面にも良い影響が出てきたようです。実態を正確に把握しておくことの重要性を、改めて突き付けられたのだと思います。
 一番のストレス源となったのが、今年1月半ばから気になりだした不整脈です。2月のある日、今まで自覚したことのない徐脈が続いたのです。1時間おきに数分間続いたという感覚でした。気が動転していますから、もっと短い時間、せいぜい10秒前後だったかも知れません。また、1日に何度か左胸に痛みを感じ出し、不整脈に対する不安感が痛みを増幅しているような気にもなりました。初めて不整脈が気になったのは5、6年前だったでしょうか。もっと以前だったような気もします。数年おきにホルター心電図検査をしておりますが、2年前の検査では、不整脈は出ているが気にする必要はない、との診断でした。しかし、不安が消えることはありません。些細なことでも気にする性質ですから、検査可能の病院で心臓CT検査を行いました。検査は3か月後でしたが、血管のつまりもなく“90才になっても検査は不要”という結果でホッとしております。
 ゴールデンウィーク過ぎからは耳鳴りがひどくなり、今でもその状態は変わっていません。6月からは、午前中にめまいを感じることがあり、日課のウォーキングも飛び飛びになりました。春先の右足首の痛み、春秋の腰痛は、判を押したように毎年出てきます。また、逆流性食道炎、慢性胃炎の影響か、食後の胸焼けや鳩尾(みずおち)の鈍いような痛みが気になる時もあります。
 毎日パソコンに向かいます。そのせいでしょうか、目のピントが合い難くなりました。年数回ですが、目の真ん中あたりに、菱形の縞模様に似た影が眼球の動きに合わせて行き来することがあります。30分ほどで元に戻りますが…。それ以外にも違和感を覚える症状が、いくつもあります。
 振り返ってみると、体調が芳しくなかったことから、総合病院を受診したのが57才前後だったと記憶しております。私が感じている体調の状況は、言葉を変えながら通院の度に訴えました。ひと月半後、以降は開業医への受診を勧告され、併せて、どこか突き放すような皮肉交じりの言い方で、メンタルクリニックへの受診勧奨もされました。それまでの治療の過程で私が訴えたことをどれだけ理解して頂いたのか、釈然としないまま病院を後にしたことは、今でも忘れておりません。医師の多忙さは理解しているつもりですが、それ以降、症状を訴えるにしても、何かを期待することは控えて、簡単な報告で済ますようになりました。
 個人的な前置きが長くて恐縮です。今年1年間の私の体調を披露したついでに、医療従事者のコミュニケーションの原点について、患者という立場の私的な見解を要望という形で申しあげたいと思います。医療行為(診察、診断、治療)の過程では、不安や関心事を含めた患者ニーズの把握が基本の一つではないでしょうか。そんな当たり前が、何か蔑ろにされてはいないかと気になることがあるのです。患者とその家族のQOL向上・自立化支援を柱の一つとして、ニーズをキチンと把握した上で、柱に沿った説明と対話をして頂きたいと思うことがあります。それも患者本位で、より分かり易く、納得し共感できる表現でお願いしたいのです。今年のE森では、コミュニケーションの質的向上のあり方を、共に考える姿勢で数多く取りあげてきました。常に頭から離れないのがコミュニケーションのあり方ですから、今回も取りあげてしまいました。それだけ、気になってどうしようもないからです。これからも気づいた都度、共に考えて議論したいと思います。

 さて、平成30年の締めは、組織運営に関する基礎知識を取りあげてみましょう。ここ十数年間、それらに対する無理解が多いと感じているからです。元来、就職活動のスタート時期に、本質的教育課題として取りあげるべきテーマだと思います。百歩譲って、社会に出た時に、企業人の基礎知識として学んでおくべきことなのです。薬局業界と薬学生の緊急課題の一つだと感じています。

理解しておきたい組織運営に関する基礎知識

選んだ理由が何であれ、従事した仕事のプロとして立派に任務を果たしていくためには、組織の目的、役割分担やチームワークに関する基礎知識を理解しておくことが重要となります。
全ての組織には、必ず目的があります。目的を達成するために、チームワークというやり方で仕事が進められています。当たり前に使われているチームワークというのは、組織の共通目的に向かって、所属するチームメンバーが自分の役割を認識し、役割をキチンと果たし、場合によっては相互に協力し補完し合いながら、共通目的を達成していこうとすることです。
 例えば、野球というチームスポーツで考えてみましょう。先ず、「試合に勝つ」或いは「優勝する」という共通目的があります。その目的を実現するために、投手、捕手、内野手、外野手、指名打者といったようなポジションがあります。さらに、攻撃する時の打順というポジションもあります。それぞれに基本的役割があって、メンバーは自分自身の役割を認識して最善を尽くします。さらに、その時々のゲーム全体の流れや状況に応じて、臨機応変な対応をしながら、チームを勝利に導いていくことが任務なのです。これが組織運営の基本ということになります。
 会社の仕事についても、同じことが言えます。
 それぞれの所属する会社には事業目的があります。代表的なのが、企業理念や方針と呼ばれるものですね。数多くの同業他社との競争の中で、その事業目的を効果的・効率的に具現化するために、多機能化した役割を分担し合う分業体制をとっています。その仕組みが組織(或いはチーム)です。会社における配属先は、その組織の一つということになります。プロ野球と同じように、会社の事業目的を実現するために、会社の各組織のメンバー一人ひとりが、それぞれが分担する役割を理解し認識して、お互いが協力し合うことによって仕事が進められています。会社の中で分担する仕事を職務と呼び、それはスポーツのポジションにあたるものです。
 どのような業種業態であっても、多くの場合、一人の力で完結するという仕事は、あり得ないと思います。自己完結型と思えるような仕事であっても、その仕事は、会社全体の中のある部分を担い、会社全体の活動の中に反映されるものです。どんな仕事であれ、個々の仕事はそれぞれに役割を担い、それぞれが個々に結びついています。また、仕事への姿勢や行動などは、周囲の人、職場の雰囲気に影響するものです。あなたの仕事も、何らかの形で他の人の仕事に結びつき、何らかの影響を与えています。このように、直接的にも間接的にも、仕事はチームワークによって進められており、相互に影響し合っていることになります。
 ですから、一人ひとりが自分の役割を責任もって果たすことが第一です。しかし、そのことは自分の役割のことしか考えないということではありません。個人の仕事は全体につながり、全体の動きは、個人の仕事に影響してきます。自分の仕事をしっかりと行うと同時に、全体に目を向け、常に自分のやるべきことを捉えながら動くことが大切なのです。一人の力では達成不可能なことでも、協働という仕組みのもとで達成することが可能になるのが、組織運営のメリットと言えましょう。
 もう一つ大事な視点があります。チームワークのウイークポイントの存在です。仕事は流れですから、私の仕事と次の仕事には見え難い隙間があるということです。わずかなグレーゾーンといえましょうか。そこには、ミスの芽が存在するのです。誰の役割でもない(=誰の責任でもない)隙間が、思わぬアクシデントやミスの温床であることも現実問題として存在します。ですから、そういう認識を持って対処することを怠ってはいけません。そのような理由から、協働意識を育むことが人材育成上の重要なテーマになると思います。

 人類は、それまでの長い経験を通して、それぞれの組織を秩序よく運営するためには、何が一番大切であるかという基本を学んできました。今回のエッセイでは、その当たり前の基本を取りあげてみました。この基本は、ビジネスパーソンが理解しておくべき前提条件であり、企業規模の大小や業種業態を問わない企業運営の土台なのだと思います。
                                         (2018.12.10記)

エッセイ178:“WELCOME”、いのうえ塾へ

 エッセイ178回は、前回177回で取りあげました『“WELCOME(ようこそ)”、いのうえ塾へ』(改訂3版)を、全文紹介したいと思います。私が担当します教育機会(主に数日間以上の研修)のオリエンテーションで、私の考えている進め方とその理由をまとめたものです。所要時間は20分前後で、補足説明を都度入れながら、考え方の理解と共有化を意識しながら進めております。

“WELCOME”、いのうえ塾へ

 ようこそ、いのうえ塾へ。
 私と皆さんは、これから数時間、数日間にわたりまして、時間を共有することになります。この出会いを、私はこう呼んでおります。
 “これからの人生を前進させる可能性がある不思議な縁の出会い”と。
 そこで、前進の推進力になるであろう心構えをプレゼントします。

 当塾の研修、訓練では、一人ひとりが目的意識を持って、自ら考え、自ら判断し、自ら取り組み、自ら行動するというセルフマネジメント力を発揮して、自分自身の潜在意識・潜在能力を引き出してほしいと考えております。
 このセルフマネジメントというのは、人間誰もが持っている欲求である自己実現を促進し、質を高めて個の充実を図っていくという、人間尊重が基本の考え方です。
 そのような理由から、この塾では、“一方的に教える、教えられる”という方法は、極力排除していきます。つまり、皆さんがこの塾に入ったからには、テキストや講話の内容を、受身の姿勢で教わるのではなく、これからの自分自身の人生(人間としての側面、社会人として側面、企業人としての側面)を有意義で価値あるものにするための行動理論・行動姿勢やヒントを自力で発見して頂きたいのです。出来る限り多くの考え方、見方、そして知識を学んで頂きたいのです。
 そのために、「問いかけ」「グループ討議」「発表と質疑応答」「グループワーク」「ロールプレイング」など、自己啓発・相互啓発の機会を用意しております。毎日の研修所感作成、マナーの徹底も同じ理由からです。いかにして、できるだけ多くの気づきやヒントを皆さん方自身のものにできるか、そして気づいたことを直ぐに行動に移したかどうかが、重要なポイントになって参ります。
 もう一つ、心の底から“ニッコリ ハキハキ ハイ笑顔”で臨んでください。顔を合わせたその時から、塾を後にするまでの全ての時間を、笑顔を絶やすことなく過ごしてください。これも参画の絶対的条件とさせて頂きます。

 そこで私は、皆さん方が学びやすくするための進行役・黒子役として参画させて頂きます。この塾の主人公は、皆さん方一人ひとりなのです。皆さん方自身が自主的に学んで頂くことが、前進への大きな推進力になるのです。

                           塾長:井上 和裕(平成23年10月31日記)

エッセイ177:私の教育担当としての転換点の一つ

 72才の誕生日から、ひと月ほど経ちました。30年近くも前のことになりますが、私の連れ合いが手相鑑定士に占って頂きました。家族全員の将来あれこれに関してだったようです。私については、“健康状態のこと”、“何才迄仕事を続けているか”など訊ねたそうです。
 病気に関しては、“当たっていた”と言えましょうか。手術もしました。しかし、非常に大雑把な見立てでしたから、“当たるも八卦、当たらぬも八卦”的な結果だったと感じています。“仕事は72才迄続けている”との見解だったそうですが、72才を超えても楽しみながら励んでおります。
 占い結果を伝え聞いた時は、笑って聞き流す程度の反応だったと思います。連れ合いは“八卦は当たる”派に近いので、病気も仕事に関しても、“当たっている”と一人悦に入っております。いずれにしても、占い結果への根拠に曖昧さを感じていますから、鵜呑みにして信じる訳には参りません。元来、私の占いに対する基本的な評価は、“当たるも八卦、当たらぬも八卦”です。私流の表現で申しあげるとすれば“(可もなし不可もなし+いいとこ取り)÷3.14”でしょうか。意味不明、優柔不断と受け取られそうですが……。
 楽しみながら今でも続けている仕事の領域は、採用と社員教育(人材育成)になります。多くの会社の要請に、私の現有能力で対処できる唯一の職域だからです。そうでなければ、疾うの昔にリタイアしています。現在でも対処可能な職務遂行能力に行き着いた道程は、基本と試行錯誤の弛まざる積み重ね、もう一つは愚直なまでの自己啓発の継続であったと思い返しております。そんな30有余年の間に、プロ教育担当としてのあるべき考動指針(思考&行動指針)、それも不易の考動指針を確立できたのはいつ頃だったのか、何がきっかけでそこに至ったのか、最近になって明らかになりました。メモ記録が残っていて、数か月前に研修教材を整理していた時に出てきたのです。
 今回のエッセイは、“仕事遂行上の考動指針はこれで行こう”と決めたきかっけを取りあげてみたいと思います。

私の教育担当としての転換点の一つ

 ターニングポイントという表現を使いたくなる時があります。転換点、分岐点、分かれ目という意味の英語です。特に、“人生における重大な”という言葉をつけることが多いと思います。そうであれば、ターニングポイントは幾度となくあるものではないでしょう。
 私のビジネスパーソン人生で、一番長い年月携わってきたのが人事教育分野の仕事です。1986年(昭和61年)10月から現在進行形で続けていますから、もう32年にもなります。今でも問題意識を働かせながら、ある程度自信を持って対処できるようになったターニングポイントとなる出来事が、メモ記録として残っていたのです。
 社員数600名強の会社に新設された教育部責任者として、無我夢中の10年間を終えたあたりから、それまでの社員教育のあり方に大きな疑問を感じるようになりました。考える余裕が出てきたこと、人材育成に関する方針が変更になったことなど、いくつかの要因があったと思います。
 それから数年間は、とにかく自己啓発に励みました。一から勉強し直しました。仕事遂行上参考になると思える書籍を、手当たり次第探しまくり、繰り返し読み漁りました。教育図書から著名人の著書、そして実務書など、これはと思えば積読しておきました。それらの半分以上は、今の時代にはそぐわなくなったことから処分しました。今でも手許に残している書籍は、私の決意と覚悟の証しなのです。
 最終的に、“この考動指針で行こう”と決断したのは、1999年(平成11年)1月10日(日)のことでした。その日の午前9時から、NHK教育テレビ(現Eテレ)でETV40周年記念番組が生放送されました。「日本の学校・ここを変えて!21世紀に生かせ子供たちの声」という14時間番組です。多くの著名人による“私の教育論”の発表、いくつかのテーマ討論などを通して、これからの日本の教育のあり方を考える番組でした。17時50分頃から40分ほど、当時の有馬朗人(ありま あきと)文部大臣の対談がありました。どのような形式で進められたのか、もう忘れてしまいました。また、どこまで正確な記述であるか自信はありませんが、私の心に響いた文言を書き留めていたのです。有馬大臣の経験談が、教育担当としてのあり方・方向性は“これで行こう”、と後押ししてくれました。居ても立っても居られないほど、気持ちが高ぶったことを覚えています。正に、この日が私のターニングポイントとなったのです。以下、書き留めたメモの一部になります。

  私は大学で教壇に立っていたが、一時間の授業をやるのに二日間準備をした。
  そして、授業の前には、準備したものを見ながらルールプレイングをした。
  次に、見ないで板書してやってみて授業に臨んだ。
  しかし、教えっ放しだった。理解度を調べなかったのは失敗だった。
  理解度については、採点に影響しないテストや口頭試問をやると良い。
  授業の評価は、時々生徒にきいた方が良い。良く解ったのか、楽しかったのか。
  併せて、関心度合いもきいたら良い。

 また、同じ時期、どなたの考えか定かではありませんが、多大な影響を受けた着眼点があります。

  『答えは一つではない』というモノの見方をしっかり教えたい。
  見方は、その角度、方向によって異なる。
  その理由
について、お互いが出し合って考え合うことで気づかせたい。

 研修などのOffJTにおける基本的あり方が固まったことで、具体的指針や方途が湧き出してきました。“早期着手”、“3カ月前準備完了”、“実施要領書の用意”、“全講義内容の暗記”(= 教材を見ないで対話する)、“ホームルームでの対話による振返り復習と口頭試問”、“理解度テストの実施”、“毎日の研修所感作成”、“アンケート実施”、“MY新聞作成”などは、その当時の問題意識から辿り着いた産物になります。
 もう一つ、ある試みをスタートさせました。私が担当する教育機会(主に数日間以上の研修)のオリエンテーションで、私の考える進め方とその理由を表明することです。A4版1枚にまとめた『“WELCOME(ようこそ)”、いのうえ塾へ』(エッセイ23/2012年8月11日掲載)を使います。20分かけて、行間にも触れながら考え方の共有化を意識して進めております。平成14年から始めて、現在の『“WELCOME(ようこそ)”、いのうえ塾へ』は改訂3判になりました。

 “今あること(結果)の理由や経緯(原因)は何か!”が明らかになるまでには、それなりの時間を要するものです。糸口となるのが、その当時の経緯・推移が何らかの形で残されていることも、大きなポイントになるでしょう。教材の中からヒョッコリと顔を出してくれたメモ記録に、理屈抜きに感謝しております。さらに、あれだけ追究することに没頭したことを、心から懐かしんでおります。私にとりまして、あの時の努力と試行錯誤が、仕事推進上の精神的余裕の一因になっていることも確認できました。まだまだ、否、ますます現役でいようと思います。
                                                                 (2018.11.3記)

エッセイ176:会議の機能と会議活性化のチェックリスト

 今回は、エッセイ171回(会議の六悪を見つめ直してみました)の続編になります。
 会議活性化を目指して、20年前に作成したチェックシートをリメイクしてみました。会議のあり方やツールが様変わりしていることから、自己満足になりはしないか気にしながらの作業でした。目的は会議の六悪追放ですが、大切なことは、現状実態を客観的な眼で把握することから始めたいのです。その上で、原因を見つけ出し、それぞれの考える理想の会議活性化につなげて頂きたいと願っております。

会議の機能と会議活性化のためのチェックリスト

 会議には、いくつかの機能があります。
 会議は“意思決定”の場であり、“相互理解・共有化”の場です。これが基本だと思います。
さらに、意思決定のために必要な“情報提供・収集”、“報告・連絡・相談”、“調整”という機能が必要になってきます。会議の内容次第で、 “報告・連絡”、“情報提供”だけで事足りる場合もありますし、“情報収集”だけの場合もあるでしょう。当然、“質疑応答”は、どのようなケースでもついて回ります。議題によっては、“英知の結集(知恵を出し合う)”という様相を呈することもありましょう。
 会議の議題と求められる機能によって、出席者の人数とメンバーの選出、想定される所要時間が大きく異なります。定例的な会議であれば、それほど気を遣わなくて済みそうですが、緊急の議題やプロジェクト活動では、運営主催者の知恵の出し所、腕の見せ所となりましょう。円滑な議事進行のために準備万端整えることは当然として、出席者が事前に意見・対案を用意して臨めるように、会議の案内状を練りに練って作成し配信することも求められます。
 最近もそうですが、案内状で気になることがあります。ビジネス文書の基本から逸脱した不備な案内状を、しばしば見かけることです。基本的なビジネススキルが身についている人材(それも管理者クラス)が、残念ながら少ないように思います。そのようなことを感じながら、活性化した会議の実現を目指して、20年前のチェックリストを見直し再登場させてみました。参加者数の多少にかかわらず、Face to Faceの会議やミーティング活性化にお使い頂きましたら幸いです。

   (2018.9.5記)


          【会議・ミーティングのチェックリスト】
*「会議やミーティングの実態はどうなっていますか?」事実をシッカリChe~ck *

1. 会議の案内が、口頭や他の人から聞いただけで全員に伝えていないことがある
2. 事前連絡が無く、急遽呼び出されて出席するように言われることがある
3. 会議の予定や内容が、曖昧なことが何度かある
4. 会議の開催目的が不明なことがある
5. 欠席者が時々いる。その理由の一つが、連絡ミスだったりすることがある
6. 席次がいつも同じで、それも役職順。それが慣習のようになっている
7. 予定時間通りに始まらない、終わらないことが時々ある
8. いつ始まっていつ終了したのか、ハッキリしないことがある
9. 「徹底的に議論しよう」と言っておきながら、机の配置が議論になじまない学校形式で進めることがよくある
10. 掲示や回覧、或いはEメールで済むようなことが、時々取りあげられる
11. 「本音を聞かせて欲しい」と言わせるだけ言わせておいて、「上の方で検討させて頂く」「今、検討中」で、終わることがある
12. 説明や報告の時間が長すぎ、肝心なことを議論する時間が不足して、保留のまま散会することがある
13. 本質にはほど遠い枝葉の話や特定の人の余分な話が長かったりで、「もう、いい加減に勘弁してよ」と感じてしまうことがある
14. 会議に関係のない資料作りや資料研究を、平気で行っている人がいる
15. 電話や別件等で離席する人がいる。それに対して会議の主催責任者が注意すらしない
16. 提案もしないで、人の意見を批評するだけの人(評論家風)がいる
17. 積極的な提言をすると、その人にお鉢が回ってきそうになるので、意見をひかえる雰囲気がある
18. 前向きな議論だったのに、結局従来のやり方に落着くことがよくある
19. 始めから結論が決まっていて、会議の必要性がないと感じることがある
20. 議論が右往左往したまま終始する、或いは的外れの議論になることがある
21. プロジェクターやOHPで発表する時、照明を全て消して、真っ暗な中で説明をする傾向がある
22. 影響力の強い役職者の一言や、声の大きさで決まることがある
23. 議事の進行が行き詰まると、誰かに丸投げをして、責任だけ押付けて権限を与えないことがある
24. 意思決定できる判断材料が用意されているのに、結論を先送りしてしまう
25. 過去の議事録が無いので、以前議論したことが再度繰り返されることがある
26. 結論に至らなかった場合、次回までの課題が不明確なまま散会することがある

                                (2018.8.20改訂①)

エッセイ175:これからも、無知の知を認めて本質を探究し続ける

 明けましておめでとうございます。平成最後のお正月ですね。
 採用担当者つぶやきエッセイをスタート(2005年4月)してから、14回目のお正月を迎えたことになります。全エッセイの中身を比較することで、私自身の成長度合いが明らかになりそうですが、あまり気乗りがしません。自覚していることは、念には念を入れて、私の真意が少しでも正しく伝わるようにしていることです。5年前と比較しても、仕上がるまでに何倍もの時間をかけていると思います。それは、コミュニケーションの難しさの壁に跳ね返されていると感じることが、常にあるからです。書くことが目的ではありません。これからも当たり前の躾としてエッセイの土づくりを究めたいと思います。

これからも、無知の知を認めて本質を探究し続ける

 一年前のエッセイ152回は、「人間どれだけ年を重ねても、自分の知らないことがイッパイあることを、しっかり自覚しておかなければいけませんネ。その上で、日々謙虚に真摯に学ばなければいけません。学ぶことに無駄はありません。無駄な勉強なんてないのですから」で結びました。
 この思いは年を重ねるほどに増幅しています。ソクラテスの“無知の知”を私自身に言い聞かせて、日々の様々な出来事から学ぶ努力を続けております。さらに、学んで終わりにするのではなく、“本質は何か?”を掘り下げて考えることにも時間を割いています。
 そんな心がけと行動が、私の心だけではなく、私の日常生活を豊かにしてくれていると感じるようになりました。それまで気づかなかった感謝の瞬間、生きていてよかった思える瞬間や体験が、以前よりもずっと増えてきています。そのような瞬間が積み重なっていくほどに、私の心が耕されていると実感できるようになるのです。人生の豊かさといっても、一様に述べることは不可能でしょう。それぞれの置かれた環境や事情によって大きく異なるばかりではなく、毎日毎日、言い様のない出来事にだって出会うからです。しかし、如何ともし難いことに出会っても、その事実を否定しないで、その根源や本質は何かを考えるようになりました。日常の処し方は人それぞれ異なると思いますが、私の場合はそうするようになったのです。
 私がイメージしている“豊かな人生”というのは、生きていてよかったと思える(感じる)瞬間(体験)を積み重ねることであり、どれだけ積み重ねられたのか、ということなのです。医療の世界で使われるQOL(Quality of Life)の本質も、結局はそこに行き着くのだと思えてきます。新たな年を迎えて、そんなことに思いを巡らすお正月三が日になりました。

 昨年の今頃は、新卒新入社員教育のあり方を土台から見直すことを目標に決めました。それまでの進め方と教材を壊して、ゼロベースから編成し直すことにしたのです。新カリキュラムがスタートしてからは、独りよがりにならないように、受講者の反応をより客観的に観察し、何度も声に耳を傾けながら、点検評価を怠らないようにしました。この1年を省みれば、かなりの手応えを実感しております。さらに進化させることを、今年の優先度の高い目標にしました。
 いずれにしても、人材育成の仕事を通して私にできることは、生きていてよかった、チャレンジしてよかった、行動に移してよかった、…という機会を企画し提供することです。無知の知であることを問いかけ続けながら、自発的やる気をスパイラルアップし、考えては行動し続ける仕事環境を誂えることです。併せて、私にとって身近な方々の人生が豊かになると考えたことは、積極的に取りあげていこうと思います。“倦まず弛まず日々努力”で、小さな行動例を積み重ねる所存です。

                                   (2019年1月3日記)

エッセイ174:質問と意見具申の当たり前の基本

 スポーツ競技終了後のインタビューのやり取りは、何らかの問題意識を働かせて観察すれば、問いかけ方の勉強になります。インタビュアーのあり方(文言、質問順、話す速度、言い回し、間の取り方など)によって、返ってくる回答に違いが出てくると感じることがあるからです。この気づきは、対話のノウハウを学ぶ実際的教材となることを教えてくれました。
 このインタビューというのは、インタビュアーの総合力が試される実戦場になります。いかに選手やスタッフの本心を的確に引き出すのか、行き着くところはその一点に尽きると思います。“一番聴いて欲しいことは何か”、“一番訴えたいことは何か”…、選手一人ひとり個性があり、そこに至るプロセスも一人ひとり異なるでしょうから、よく耳にする紋切型の文言と声色では、個性を引き出すことは難しいでしょう。核心を引き出すためには、どのような言葉を動員して、どのような表現と言い回しで応答の対話をスパイラルアップできるかにかかってきます。インタビューの目的達成のために、どれだけの準備をしたかで決まってしまいそうです。インタビューする選手のそれまでの人生のプロセス(出来事、心情など)をどれだけ調べ上げたか、節目節目で関わりをもった支援者からどのような秘話を聴き出したか、周辺情報や関連情報をどれだけ集められたのかなど、引き出しの量と質が分岐点になるでしょう。さらに、それまで培ってきたお互いのリレーションシップの密度も影響してくると想像できます。
 グルグル回りの応答の対話を志向する私にとって、インタビューにおける問いかけ方とボディランゲージも含めた問いかけ姿勢が、大いに参考となるのです。やはり、応答は問いに依存します問いかけ方で決まります。そんなことを考えながら、今回のエッセイでは、質問や意見をする時の基本原則について考えてみたいと思います。

質問と意見具申の当たり前の基本原則

 仕事経験を積み重ねて基本が身についたら、それまでと同じように、言われたことをそのまま指示通りにやって満足していては、進歩の道へは辿り着かないでしょう。その時々の置かれている立場や状況を見極めて、会社や組織の方針実現のために、積極的に自分自身の仕事の質を高めていかなければなりません。
 積極的に質を高めるための身近な方途の一つに、“質問する”、“意見や対案の具申”があります。上司や先輩を含めた周囲の皆さんも、メンバー一人ひとりが考えたことや感じたことを、積極的に発言してくれることを望んでいます。若いフレッシュな方々の新しいモノの見方や考え方は、マンネリを打破するための刺激として大歓迎されるのです。
 そのような場合、具申した意見や対案が円滑に受け入れられるために、留意しておきたい基本原則があります。これらの基本は、正にコミュニケーション能力をブラッシュアップするための土台(プラットフォーム)であり、有効な着眼点でもあります。

基本1:そこに思い至った理由をつけて質問する、意見する

 最近、思いのほか多いと感じることがあります。それは、質問と応答のミスマッチです。傍目八目的見解になりますが、“何故その質問をするのか?”という質問理由を添えれば、ミスマッチの多くを防ぐことができると思います。一方、明らかなミスマッチの場合、回答者も逆質問した方が良いのではないか、と感じることもあります。何故かといえば、質問には必ず理由があるからです。質問者が質問理由を簡潔に添えることで、核心に迫った応答の対話が実現すると思います。
 このことは意見をする場合も同様です。理由のない意見は、単なる思いつきでしかありません。思いつきでは、うまく事が運ばないでしょう。また、間違いや勘違いだって起こり得ます。人には感情がありますから、こじれてしまえば先へは進まなくなるでしょう。ですから、“何故そう考えたのか”という理由をまとめて、意見と一緒に示すということが大切です。6W3HのWHYに相当する思い至った理由は、最高の説得力となるのですから。

基本2:自己責任意識で発言する

 他人事という言い方をする時があります。裏を返せば、無責任ということになりましょうか。
 “自分の考えだけを言って後の判断は相手に任せる”といった態度、“○○さんの考えと同じです”と自分以外の意見を伝聞調で発言する、……。このような主体性を欠いた評論家的意見は、見透かされて歓迎されませんね。気がつけば影響力が急降下しているでしょう。
 やはり、正面から向き合って、自分自身の問題として自己責任意識で発言することが大切になります。向き合って責任を持つということは、“何故そう考えたのか(WHY)”、“何を(WHAT)、どのように対処(HOW)した方がいいと考えたのか”という自分の意志と対案を明確にして発言することです。

基本3:建設的で誠実に質問する、意見する

 批判的な質問や意見は、一人ひとりの気持ちを萎えさせるだけではなく、チーム全体の士気にも影響を及ぼします。一方、建設的な意見は、皆の気持ちを前向きにしてくれます誠実な対応は、チームメンバー同士の信頼感の醸成に寄与してくれること間違いないでしょう
 もちろん、周りから否定的な見解を言われたり、間違いを非難されることもあると思います。その一つひとつに過剰反応して意気消沈しないよう、気持ちをセルフコントロールすることも、ビジネスパーソンに共通する責任となります。

 それぞれが関連し合う三つの基本原則を紹介いたしました。
 コミュニケーションの本質を語る時、ラポール(rapport)という言葉が使われることがあります。心が通い合った相互の信頼関係、共感、好感といった意味ですが、ラポールに至る過程の中で、上記の三つの基本以外に、いくつかの着眼点があると思います。そのいくつかを、今年度新入社員導入研修のまとめの講義録から紹介して、エッセイ174回を締めたいと思います。

 私たちの仕事は、患者や生活者、会社の同僚、他職種の医療従事者との対話によって成り立つ仕事です。信頼と安心のコミュニケーションがあって、初めて専門的技能が活かされる仕事です。その信頼と安心のコミュニケーション実現のために、一体どうしたらいいのだろうか。
 基本の一つは、傾聴することです。患者さんが、同僚が、或いは他職種の皆さん、他職場の皆さんが、遠慮しないで自分の思いを率直に発することが出来る環境を作ることです。その魔法の杖が、傾聴なのです。何度も申しあげたことです。
 もう一つ考えて頂きたいことがあります。それは、他人と対話する時、意見、注意、アドバイスする時には、心に赤信号を点(とも)し、数秒立ち止まって、こう呟いてジャッジして欲しいのです。「この表現(言葉、言い方、態度)で良いのだろうか?」、「どんな言い方をしたら対話が弾むのだろうか?」、「理解し共感してもらうためには、どのような言葉を使えば良いのだろうか?」…と。そんな時間を持つことを躾化して欲しいと感じています。
 さらにもう一つ提案したいと思います。それは、「大切だと思うこと、絶対にここで言わなければいけないと思うことは、本気になって話して欲しい。その理由を、必ず添えて話して欲しい」ということです。それが、本当の優しさではないかというのが私の見解です。

                                                                  (2018.10.23記)

【参考】・エッセイ161回:信頼と安心のコミュニケーション実現のための前提条件(2018.4.15記)
     ・エッセイ166回:会議やグループ討議から得られる宝物(2018.6.10記)

エッセイ173:言い方いろいろ、みんなよかった

 北東北の秋は急ぎ足ですね。この時期多いのが、いわゆる風邪引きさんです。油断禁物という心がけを意識して用心したいと思います。
 さて、平昌オリンピック・パラリンピックから半年以上も経ちました。政治ショー的色合いが強調された感もありましたが、競技が始まってからは、結果やインタビューの応答に対して、様々な意見や感想がマスコミ報道やSNSを駆け巡りました。最近、切り抜いておいたオリパラ関連の新聞記事を取り出して、その時に感じたこと、心に響いたことを思い起こしております。

言い方いろいろ、みんなよかった

 JOCのホームページによれば、平昌オリンピックは124名、同パラリンピックには38名の日本選手が出場したそうです。選手一人ひとりは、それぞれが確固たる志を持ち、その志に覚悟という魂を吹き込んで、それぞれの努力を積む重ねて臨んだオリパラと受け止めています。その形状は十人十色でしょう。詩人金子みすゞさんの「私と小鳥と鈴と」ではありませんが、“みんなちがって、みんないい”というフレーズがピッタリだと今でも感じております。
 以下、私個人が感じ、思い、教わり、気づいたことを、いくつか呟いてみたいと思います。真意は想像の域を出ません。あくまでも、私の見解となります。

 何と言いましても、インタビューに対するいくつもの応答が、私自身の心構えや日々の行動のあり方を見直す機会になりました。インタビューで発する言葉や表現は一人ひとり異なりますが、みんな驕ることなく、誠実で、謙虚で、“みんないい”と強く感じた次第です。
 一番目立ったのが、家族だけではなく支えてくれた方々、応援してくれた方々に対する感謝の気持ちでした。
 “ここまで支えてくれたスタッフ、チームメイト、送り出してくれた会社、家族、応援してくれた方々、国民に感謝したいと思います”、“一人ではここまで来られませんでした”、“多くの人に支えていただいて、いい時も悪い時も私を認めてくれる人がいました”、“先輩たちが20年間カーリングを育ててくれたおかげで、この場に立つことができたのです”、“応援してくれた全員に有難うと言いたいです”、“たくさんの人に支えてもらって、このチームがあってのことなので、感謝の気持ちが一番強いです”、……。ほんの一例ですが、支えてくれた多くの方々への感謝の表現に、毎日聴き入っていました。オリンピック、パラリンピック全選手の思いだと感じます。
 選手の皆さんは、“人は誰でも一人では生きていけないこと”、“人は人づれであること、相見互いであること”を心に刻んで、その日に備えて臨んだのでしょう。そういう考動習慣(思考習慣+行動習慣)に、何よりも心打たれました。試合直後のコメントですから、取り分け心に沁みました。
 競技後の結果もいろいろです。メダリストは20名(オリ16名、パラ4名)で、4位以下の選手が圧倒的に多いのです。悔しい思いを心の内に留めておきながら、その結果をキチンと受け容れて、決して誰かのせいに、何かのせいにはしていないのです。対自競争を貫き、克己心でメンタル面を鍛えてきたからこそのコメントでしょう。

 スキーという遊びに夢中な少年だったノルディックスキー複合の渡部暁斗選手は、ずるが嫌いで正々堂々を貫く人だそうです。個人ラージヒルでの金メダルを目指しましたが、君が代を歌うことが叶いませんでした。個人ノーマルヒルの約2週間前に行われたW杯白馬大会で、公式練習中に転倒して肋骨を骨折していたそうです。言い訳一つしていませんでしたね。“頂上が見えているのに、上り方がわからない …”。その無念さが、心に沁みました。
 特に私の心が動いたのは、スキージャンプ伊藤有希選手の行動です。メダルを期待されながら、風に恵まれず9位に終わりました。泣いてはいましたが、泣き言が聞かれませんでした。それ以上に感じ入ったのが、銅メダルが確定した高梨紗羅選手の2回目のジャンプ後に、真っ先に駆け寄って思い切り抱き寄せて祝福していたことです。ゴーグル越しに、高梨選手の瞳が潤んでいることが分かりました。4年前のソチ五輪では、金メダル絶対確実と期待されながら4位に沈んで呆然とする高梨選手に対して、その内容は分りませんが、伊藤選手は肩を抱いて何か語りかけていましたね。高梨選手の目からは、大粒の涙がこぼれ始めました。その光景も思い出しながら、3年半後の冬季北京五輪での二人に思いを馳せています。
 ノルディックスキー距離男子10kmクラシカル立位の新田佳浩選手は、スタート直後に転倒しました。長野五輪から6大会連続で大舞台を戦ってきたレジェンドは、冷静なレース運びで最後に勝ち切るレースに徹して、子供の首にかけたかった金メダルを掴んだのです。レース後のインタビューでは、ここまで支えてくれた方々への感謝の言葉に終始していました。特に、家族との絆と練習環境を整えてくれた荒井秀樹監督、そして所属企業への強い思いを感じました。
 パラリンピックでは、支えるスタッフが多岐にわたっていることも知りました。
 スキー距離競争では、実走行タイムに障害によって設定された係数をかけて最終順位が決定されます。つまりレース中の順位の把握が非常に難しいのです。そこで、競技中の順位を瞬時にはじき出すタイム計測ソフト「タイムランチャー」を開発し、代表選手に無償で提供しているソフトウェア会社がありました。長野県松本市のAIDです。
 1988年のソウルパラリンピックから今回まで、公式修理サービスプロバイダーとして大会をサポートしている企業があることも知りました。ドイツの総合医療福祉機器メーカー“オットーボック”です。選手村に修理センターを設け、義肢装具士、車いす技術者、溶接のスペシャリストなど20数名のサポートスタッフを派遣したそうです。雪上競技会場、アイスホッケー会場にもブースを用意して、急なアクシデントにも対応する体制を整えており、日本人スタッフも2名派遣されていたようです。選手の不安を少しでも取り除く“よろず屋”を自任して、道具修理のプロとして大会運営を支えていたのです。

 人材育成という視点で大きく頷いたのが、自分の滑りを磨く求道者、滑る研究者と評されている小平奈緒選手の応答でした。日頃のインタビューもそうですが、気負いのない穏やかな温もりのある語り口に、信頼のコミュニケーションを促進するエキスのようなものを感じます。
 スケートが大好きなので、きつい練習も苦ではないそうです。身体全体の仕組みを理解して、理屈にかなったフォームを追究するため、解剖学を勉強し、解剖書を持ち歩いているそうです。オランダの文化を学ぶためにオランダ留学もされました。文化といっても、何故スケートが強いのかという原点や根幹を学びたかったのだと思います。それらが結果につながると信じてのことでしょう。“勉強の目的は何か?何故学ぶのか?”を、拝聴したいと思いました。どのような言葉が返ってくるのか、興味津々というところです。
 “絶対的実力がないと金メダルは取れない”というコメントからは、100%の力が出せないところがオリンピックだから、80%、90%の力でも勝つことができる備えを怠らなかったのだ、と思わされます。そして、“そうなるために多くの人に支えてもらいました”、さらに“金メダルをもらうのは名誉なことですが、どういう人生を生きていくかが大事だと思います”には、人としての本物の優しさが光り輝いていました。生き方の本質(人生観)を明らかにすることはアスリートだけのテーマではなく、ビジネスパーソンにも、市井の人間にとっても、意義ある人生への道標なのだと改めて教えて頂きました。
 カーリング女子吉田知那美選手の“メダルもそうなんですが、ここまでくる過程の全てが宝物だと思います”には、問題解決のヒント、成長のヒントが詰まっていると思います。原因と結果の法則、基本の重要性(修破離の修)は不易だと再確認できました。銅メダル(結果)に至るまでの数多くの様々なプロセス(原因)は何であったのか、一つひとつ知りたくなりました。
 フィギュアスケートの羽生結弦選手について触れないわけにはいきませんね。羽生選手は、昨年11月に右足を痛めてしまいました。ぶっつけ本番で挑んだショートプログラムで、最初のジャンプ4回転サルコーを決めた時には、身震いとともに自然と涙腺が緩みました。本番の数週間前まで氷上で練習できない分、余分なものは全て断って、金メダルにつながると判断したことだけを何でも勉強したそうです。セルフモチベーションとセルフコントロールで、己自身との戦いを克服したのでしょう。フリーの演技を滑り終えて、何度か「勝った」と口に出していたようです。人生をかけて臨んだ五輪連覇後のインタビューから、感謝の表現と笑顔が消えることがありませんでした。あの若さで、風格のようなものすら漂っていたと思います。支えてくれた方々への感謝は当然として、その受け答えには、並々ならぬ覚悟と業績魂が散りばめられていました。
 その羽生選手を、フィギュアスケートコーチの佐藤信夫氏は、こう評しています。“そうした流れるような滑りが、高い演技構成点につながる。先天的な柔軟性に加え、地道に基礎練習を繰り返したたまものだろう。…… もちろんそういう進化は否定しないが、羽生の五輪連覇は、決して忘れてはいけない大事な原点を示してくれた”(朝日新聞「佐藤信夫の目」:2018年2月18日より)と。
 オリンピック閉幕後も、競技によってはワールドカップ(以下、W杯)が続きました。
 渡部暁斗選手は、2017~18年シーズンのW杯で初の総合優勝を獲得しましたね。5か月間で20もの大会に挑み続けての結果となります。W杯王者は本人自身が拘ってきたタイトルで、2度の骨折をしながらの結果ですから、最高のシーズンになったと想像できます。
 高木美帆選手は、全6大会で行われたスピードスケートW杯で、女子全種目の総合得点でトップとなり、日本勢では初めての総合優勝を果たしました。高いレベルで4種目(500㍍、1000㍍、1500㍍、3000㍍)の距離を滑らないと獲得できないタイトルです。オールラウンダーへの憧れが強かった高木選手にとって、オリンピックとは別景色のタイトルになったと思います。
 未勝利が続き苦しんでいたスキージャンプの高梨紗羅選手は、3月24日の第14戦で個人通算54勝目を挙げました。男女を通じてW杯歴代単独最多記録で、6年前に初勝利を飾ってから個人戦通算104試合目の快挙となります。時々刻々変化する風の方向と強さが飛距離に大きく影響する競技であることから、通算勝利数の最多記録は、オリンピックよりも高みの世界に辿り着いたのだと思わされます。正にコツコツと積み重ねた努力の賜物ではないでしょうか。
 これらの朗報から、オリンピックのメダル以上の価値を感じました。さらに、小さな積み重ねを継続することの重要性を改めて実感した気がします。

 とにかく、アスリートの凄さとスポーツの素晴らしさから感じたこと、気づいたこと、教わったことがいっぱいあって、自分自身のあり方を見直すきっかけとなりました。選手たちの歩んできた道を特別視するのではなく、一人の人間としてみることで、教わったことを掘り下げることができたように思います。その中で、私にとっての一番の収穫は、克己心でセルフモティベーションし、日々セルフコントロールしながら基礎能力を磨きあげる、実力を磨き続けることが、自己啓発の本質であることの確信です。ちょうど冬季オリパラの期間は、採用活動や新卒新入社員教育の準備で手一杯の時期で、体調もすっきりせずに精神面でも弱気虫が顔を出していました。そんな状態の時の選手たちの声は、弱っていた私の心的エンジンの点火剤となって、前向きな行動姿勢を促してくれたのです。私の背中を軽く押して、“まだまだ努力し続けよう”という思いを呼び戻してくれました。

 それにしても選手たちの十人十色のコメントは、“みんなちがって、みんなよかった”!

                                                                (2018.9.28記)

エッセイ172:ロールプレイングの目的は、進め方は…

 私が主宰しております学び塾(平成30年6月3日)では、塾生のロールプレイングを行ないました。
 後輩指導の一環として、「行動理論とは何か?」、「行動理論の意義は何か?」について、15分間を目途に講義することを課題としました。いのうえ塾、学び塾を通して、行動理論の意義と不易性を繰り返し取りあげております。それだけ重要な引き出しであることから、キチンと理論武装して説得可能のスキルを身につけるためです。ロールプイング実施を明らかにした第20回学び塾では、参考として私が考える最善のパターンを実演しました。
 何事もそうですが、ロールプレイングで演じること、つまり実施することが最終目的ではありません。どのような場合でも、その手法・手段を選択した理由があります。選んだ手法・手段のねらいが存在します。演じる立場の皆さんが、その理由やねらいを理解しているかどうかによって、事後の訓練成果に大きな違いが生じます。このことを、強く強く申しあげておきたいのです。私の知る限りでは、そこまで掘り下げた教育機会は少ないと思います。率直に申せば、ここ十数年間、出会った記憶が思い出せないのです。
 今回のエッセイでは、ロールプレイングについてまとめた最新の資料を紹介したいと思います。ロールプレイングを実施する時の教材として、是非ご活用頂きたいと存じます。

ロールプレイングの目的は、進め方は…

1.ロールプレイング(Role Playing)とは
 
 薬剤師と患者、或いは上司と部下、営業担当者と顧客というように、現実と同じような模擬場面を設定して、参加者が特定の役割を担って演技をする訓練手法のことです。
 これは、与えられた課題や想定される問題を『考える』とか『話し合う』ということだけではなく、一歩進んで自分なりに『解決策を考えて演じつくす』ことによって、問題解決のあり方や役割・立場の理解を、『身をもって体得する』という訓練手法です。役割演技法とも言われています。
 ロールプレイングは、ヤコブ・レヴィ・モレノが1923年に創案した心理劇から発展したグループセラピー(集団心理療法)です。元来、神経症や心身症などの治療を目指した技法でした。近年では、ビジネスマナーの基本動作や基本スキル、商談技術、服薬指導、対人関係やコミュニケーションスキルの訓練などに応用されています。

 *ヤコブ・レヴィ・モレノ(1889年~1974年:アメリカ人/精神医学者)
   ルーマニア生まれ。オーストリアのウイーン大学で医学、数学を学ぶ。
   アメリカに移った後も集団心理療法の研究を続けて、特に子供を対象とした集団療法を行った。

2.ロールプレイングのねらい

(1)『学んだこと(頭で理解した知識)』を演じてみて、実際に『出来ること(習慣化した技能)』につなげる。
      ※「百聞は一見に如かず、百見は一験に如かず」
(2)演技者と観察者が、技術を学ぶための実際的教材とする。
      ※ Learning by Doing
(3)失敗体験を分析して、反省点を見つけ出す。
(4)傍目八目の眼を養う。
(5)自己変革への自発的動機付けを喚起する。


3.期待される訓練成果

(1)相手の考えや感情の動きを掴むことの難しさを知る。
(2)相手の話しや訴えを、全て聴き取ることの難しさが分かる。
(3)傾聴すること、共感することの重要性が認識できる。
(4)対話やその進め方によって、都度状況が変わって展開することが分かる。
(5)自分自身の言動の実態が分かり、克服課題が見えてくる。
(6)その場の状況に応じた自主的行動、個別的対応がとれるようになる。
(7)同じやり方で対処しても、相手によって受け容れ方が異なることが理解できる。
(8)共通に理解できる言葉を活用することの必要性が認識できる。
(9)共通認識を確認して共有化することの重要性が分かる。
(10)ボディランゲージの効果が体得できる。

    信頼と安心のコミュニケーションの難しさを意識するようになる

4.基本的な進め方

(1)目的や進め方(演技の基本ルール、演技時間)の説明
(2)役割、想定項目の提示
(3)観察者のフィードバックのやり方の説明
(4)演技者の決定、演技順番の決定
(5)演技者の事前準備
(6)役割の演技
    ・全員への想定項目、目標の説明
    ・全員の拍手で演技の本番スタート
    ・観察者はロールプレイングコメント用紙に気づいたことを記入
(7)演技の評価・分析とフィードバック
    ・観察者の感想
    ・フィードバック(VTR)とトレーナーの講評
    ・演技者自身の感想
(8)再演技

5.心構え

(1)明日の覚悟は覚悟ではない。“今この時”と覚悟して、本気で取り組む。
(2)本番は稽古のつもりで、稽古は本番のつもりで。
(3)“我以外皆我師也”の姿勢で。
(4)結果ではなく原因(プロセス)を気にせよ。
(5)“あがり防止の良薬なし”と心得よ。
     ①自信の持てるスキルを身につけるしかない(基本の修得)。
     ②目標必達魂を持つこと。
     ③万全の準備をすること(備えよ常に)。
    万全の準備をした上で、
     ④“失敗してもともと”と開き直る。
     ⑤次の人へのサンプルと割り切る。

                                                                 (2018.8.20記)

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