エッセイ67:拝啓 二年後の私に宛てた手紙

投稿日:2014年7月5日

 「自分を育てる責任は自分自身にあります。育成の前提は、自己責任意識なのです」 
 この四半世紀、新社会人を中心に、場合によっては30歳代、40歳代のビジネスパーソンに対して、その理由を添えて使う頻度が右肩上がりの問題提起型の強調トークです。
 昭和から平成初期には、その意図を汲み取り、自分事として受け止める層が多かったと思います。しかし、10数年ほど前からでしょうか。問題提起する私自身が頭を抱えてしまうケースが、徐々に増えているように感じます。話す内容が異なるケースもありますが、そういう趣旨の私の発言に対する反応の少なさが気になるようになりました。受け止めてくれる人の存在が少なくなりました。「そんなことを言われても、私には関係ありません」というあからさまな表情で、下を向いたまま(=何も聞いていない)無反応の人が多くなってきました。
 さらに、気になって気になって仕方のないことがあります。挨拶や言葉遣いなどの、所謂ビジネスマナーを修得する必要性の認識が希薄なことです。必要になった段階で学ぶ分野である、という程度の位置づけなのです。目先のことで頭がいっぱいなのかもしれませんし、将来に対する閉塞感が原因なのかもしれません。それ以上に、身近な対人関係の中でもマナーが、蚊帳の外に押しやられていることに、打つ手を見失ってしまいます。
 その責任を新社会人や将来の社会人に向けるつもりはありませんが、私にとりまして、何故そうなっているのかということ、つまり原因分析することは避けて通れないのです。敗戦後の70年近い移り行く歴史と時代環境を始めとして、様々な政策と政治経済の変遷などからくる広範な要因が、複雑に絡まり合っているのでしょう。原因を見いだすことにも四苦八苦しているのが実態です。

 私が主宰しております“いのうえ塾”や“学び塾”では、様々な課題を通して、自分の考えや意見を更新したり、改めて考えて意思決定したことを発表して頂くようにしております。本人の志を、時々メンテナンスしながら、自発的やる気を喚起し直させる、という魂胆なのです。自力で考えながら、地力をつけて欲しいのです。そのようなことを通して、「自己育成責任の所在が、自分自身の中にあることに気づき、ハッキリと肚に落とすことができるようになる」という考えで進めているのです。
 本日のエッセイは、その一例をご紹介させて頂きます。

 そのヒントとなったのが、シンガーソングライターであるアンジェラ・アキさんの曲「手紙~拝啓十五の君へ~」でした。2008年のNHK全国学校音楽コンクール中学生の部の課題曲として書き下ろされた曲だそうです。

拝啓 二年後の私に宛てた手紙

 ご紹介する一例は、“何年か後の私に宛てた私自身からの手紙”を書くことです。素直に、正直に、成長している自分を想像しながら自身に宛てた激励の手紙です。初志をさらに高めるための看脚下の手紙であり、さらなる飛躍を期待する祈念の手紙です。そして何よりも、自分を大切にすることで、相手を認めて大切にする心を耕すための手紙なのです。
 
 学び塾生の場合、差出人と受取人が本人宛の手紙を2回認めました。
 一つは、いのうえ塾での新社会人一年生を卒業する3月時点で、その2年後の本人宛の手紙です。

 さあ、基本修得の3年間の最終日(平成23年3月31日)の自分に対して、手紙を書いてみましょう。素直に、率直に、思いっきり…… 。
 あなたからあなた自身への手紙です。(平成21年3月1日)

 これは、平成20年(2008年)4月に新社会人となった薬学部卒を対象とした、いのうえ塾新入社員フォロー研修の最終回でのレポート課題でした。

 もう一つは、第8回学び塾の研修レポート課題です。

 以前、基本修得の三年間の最終日の自分に対して、手紙を書いたことがありました。
 それは、あなたからあなたに宛てた、期待と激励、そして克己と自戒の手紙でした。
 この一年間、東日本大震災と福島原発事故が、一人ひとりのこれからの生活環境や仕事環境に対して、大きな影響と様々な葛藤をもたらしました。視野を拡げて考えてみますと、医療の担い手である薬剤師としてのあり方を見直して、今後の方向性を再構築するべき時ではないでしょうか。第2回コロキウムは、そのための大きな見直し機会にもなりますね。
 今回は、これから2年後(2014年3月末日)のあなたに対して、手紙を書いて頂きます。一つだけルールを差しあげます。“拝啓”で始めて、“敬具”で締めてください。(第8回学び塾:2012.2.11)

 結局学び塾生は、社会人になって三年後の自分への手紙と、そこからさらに数年後の自分自身に宛てた手紙を書いたことになります。

 第13回学び塾(2014.2.11)では、この第8回学び塾のレポートを持参するように申しあげました。その日のオリエンテーションでは、各自のレポートの内容を本人から直接紹介してもらい、2年間で成長したと自覚していることも、遠慮することなく披露して頂きました。
 一番の収穫は、一人ひとりが着実に成長している実感を、客観的に看脚下していることが見てとれることです。正に、自己責任意識で自分自身を育成している姿が、塾生の心の中に無意識に存在している証左なのです。
 だから、体力的にしんどくても、能力的に衰えを感じても、主宰者である私から学び塾を已めるわけにはいかないのです。その思いは、私から私宛の手紙なのです。

                                                                                  (2014.4.15記)

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