前回のエッセイ回で取りあげた研修所感について、番外編を付け加えたいと思います。あれだけ力を入れたカリキュラムですから、真剣に取り組んでくれた行為に対して、私なりの誠意を赤ペンの手書きで差しあげておりました。多い時で30名弱でしたが、全員書き終えるまで4時間を要する毎日でした。10年近く続けたと記憶しております。
現在50才半ばになったNさんは、研修後半のホームルームで、所感作成についてスピーチしました。「正直な気持ちですが、毎日の所感作成は気乗りしない時間でした。作文が苦手でしたから。しかし、毎日届く井上部長のコメントから、自分の気持ちを飾ることなく素直に表すことから始めようと思うようになりました。そうすると、……」と、Nさんが考えた所感作成の意味を、自分の言葉で語ってくれました。30数年前のことです。薬剤師のTさん(現在40才前後)は、研修で学んだこととして、自身の成長を綴ってくれました。「自分の頭で考える。研修では、よくこの言葉を聞いたように思います。自分の頭で考えることが出来なければ、自己責任意識を持つことは不可能です。セルフマネジメントなど出来るはずがありません。この2週間の研修を振り返って、“自分の頭で考える力”は、かなり向上したと思います。グループ討議を始め、2分間スピーチ、所感作成、MY新聞など、自分の考えを自分の言葉で述べる訓練になっていたと、今、実感しています。……」。デジタル化主流となっても、そのことによるメリットを生かすための思考力の修得・鍛錬には、ある時期アナログ的な手法こそが、全体を俯瞰した視野拡大に必須の方途とつくづく感じ入っております。
さて、今年になって、昭和の匂いがする四字熟語に何度か出会いました。30年近く前になりますが、研修のまとめで使う頻度の高かった『凡事徹底』です。私が呟く機会の多い“積み重ねは力なり”も“継続は力なり”も、その心は凡事徹底に行き着きます。今回のエッセイは、凡事徹底にズームインと参りましょう。
凡事徹底~平凡を非凡に務める
2月初旬だったでしょうか。ある全国紙の読者声欄に、19歳の大学生が凡事徹底の大切さを投稿していました。小学生時代のスポーツチームのスローガンだったそうです。驚いたのは、地味で目立たない凡事徹底を、未成年の大学生が語ったことです。それから、インターネットで凡事徹底を検索しました。さらなる驚きは、小中学校や教育委員会、建設業などのホームページに、凡事徹底がかなり掲載されているのです。高校に目を向けますと、凡事徹底をスローガンにしている運動部がいくつもありました。それも前橋育英高校硬式野球部、熊本県立大津高校サッカー部などその道の有名校です。四半世紀以上前から現在まで、凡事徹底の浸透に努めている方もいらっしゃいました。また、日本人初のMLB野球殿堂入りを果たしたイチローさんの根幹にあるのは凡事徹底という見解も出ていました。
前文で申しあげましたが、私が凡事徹底という言葉と出会って30年近くになります。カー用品販売チェーンのイエローハットでは、社員によるトイレ掃除を徹底していることを知ったことがきっかけでした。当時、清潔が社是の各種洗剤卸売業に在籍していましたから、早速足を運んでトイレ見学に出向きました。噂に違わぬ徹底したトイレのきれいさに、ただただ圧倒させられました。そして、清潔をモットーとしている会社として、自社の実態を直視して“これでは恥ずかしい”と感じたのでした。翌日、週一のルーティーンとなっていた本屋通いで、『凡事徹底~平凡を非凡に務める』(鍵山秀三郎・著/致知出版社)が目に留まり購入しました。1995年前後だったと思います。鍵山秀三郎さんは、著書の中で次のように語っていらっしゃいます。
「特別なことを探すよりも、当たり前の、だれでも知ってはいるけれども、やっていないことはいっぱいあります。そういう小さなことに目を向けて、それを徹底していただくことをまずお勧めしたいと思います。私は東京に出てきましたが、お金もないし、何もない。何ができるかを考えました。ものをきれいにすることだったら、雑巾とほうきとちりとりがあればできます。雑巾とほうきとちりとりなら、いくら貧しい私でも用意できるということで、物事をきれいにすることを徹底してきました。……」
鍵山さんは、私がトイレ見学に出向いたイエローハットの創業者だったのです。整理、整頓、清掃のような平凡な小さなことを、自らの手で、自社の社員の手で、日々手を抜かずに徹することにしたのです。掃除をやり続けるという凡事を積み重ねたのでした。 『凡事徹底~平凡を非凡に務める』を、数回読み返しながら、つくづく思い知らされたことがありました。凡事徹底は、実行力が問われるということです。“百聞は一見に如かず”を模して、“百見は一験に如かず”を言い続けるようになりました。5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾or習慣)の実践を強く勧めるようになりました。それぞれの目的の違いについて、議論することもありました。そして、新卒新入社員向けの初年度目標として提示していた「入社1年間で身につけたい新・23の行動習慣」の土台は、まさしく凡事徹底だったのです。
私が提唱する「新・23の行動習慣」を紹介して、エッセイ339回を閉じたいと思います。
「入社1年間で定着させたい新・23の行動習慣」(2013年版)
①ニッコリ、テキパキ“ハイオアシス”を言う習慣/②だれかれの区別なく、キチンとした挨拶をする習慣/③心を込めた自筆のお礼状を出す習慣/④毎朝最新のニュースに接する習慣/⑤日々目標を持つ習慣/⑥目標達成のために6W3Hを動員した計画を立てる習慣/⑦実行したことを振り返って、次につながるチェックをする習慣/⑧メモ用具を必携し、こまめにメモをとる習慣/⑨約束事・約束時刻を厳守する習慣/⑩整理・整頓と清掃・清潔を実践する習慣/⑪初めてのことでも恐れずチャレンジする習慣/⑫何事も、まず肯定的に考える習慣/⑬気が向かないことでも、まず実行してみる習慣/⑭不明な点はどんなことでも謙虚に教えを乞う習慣/⑮指示・命令・依頼を復唱する習慣/⑯報告・連絡・相談をこまめに植える習慣/⑰結論を先に言う習慣/⑱失敗の原因を、まず自分に求める習慣/⑲有言実行・言行一致の習慣/⑳前向きな人と自分から進んで付き合う習慣/㉑美点凝視の習慣/㉒健全な判断力(判断基準)を養う習慣/㉓親孝行の習慣
EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2025.9.3記)
【参考】エッセイ154回:入社1年間で定着させたい「新・23の行動習慣」その経緯(2017.11.16記)

