そもそも、仕事はしんどいものです。私の仕事人生を振り返ってみれば、あれこれ気を遣ったうえに、我慢して耐えなければならないことが、予想以上に多かったですね。また、上司のメンツを重んじるために、明らかに意味のない“お伺いを立てる”などの無駄な慣例的根回しには、不平不満を言いたくなることが何度もありました。状況対応も含めた職務遂行や年度目標への取組みは、日々の地道な努力の積み重ね無しにはスパイラルアップしません。併せて、仕事の進め方改革やステイクホルダー対応など、仕事範囲は多岐にわたりますから、投げ出したくなることだってあり得るでしょう。一方で、目的意識を見失わずに真面目に励んでいると、一時的な喜びだけではなく永続的なやり甲斐を感じることがありました。
よくよく考えてみますと、起きている時間の半分以上は、仕事遂行の時間になります。その時間を自己啓発と自己研鑽の時間にしなければ、何とも“もったいない”と思えてきます。“自分自身のための心技体を磨き上げる時間にしましょう”ということです。そのような考動(思考&行動)姿勢を日々持ち続けるためには、“何のために仕事をするのか”という仕事観と、“従事する仕事の価値”を明らかにすることが出発点になると思います。これまでのE森で取りあげた初志(こころ)プロジェクトでの薬学生への啓発活動は、そのような思いが原点にありました。仕事というのは、知らず知らずのうちに人間性を磨きあげてくれるのです。社会の一員として持つべき良識や分別を気づかせてくれる最も身近な教材なのです。仕事経験を積み上げることによって、自然体で状況に応じた顧客満足を創出する実務応用能力が培われるのだと思います。これらは、誰かに教わったから身につくものでもありません。本質的なあり方を教えてくれるのは、その人が携わっている日々の仕事そのものなのです。これまでの人生を振り返って、つくづく感じている私の経験則になります。今回のエッセイは、そんなことを学んだ事例の一つを紹介したいと思います。その事例は、顧客に対するちょっとした心遣いであって、何か特別なことではありません。しかし、最近では忘れ去られて隅に追いやられている、本来であれば当たり前の顧客対応だと思います。何日か前のことです。処方薬を受け取った後、“お大事に……”も言わずに背を向けたベテラン薬剤師に呆気にとられ、21年前のある出来事を思い出しました。
私が感じ入った顧客対応のあり方
2004年2月21日(土)、結婚祝いを購入するためにP店の室内装飾品売場を訪れました。以前の会社でお世話になった同僚に、やっと見つけたスワロフスキーのフクロウの置物を、翌日届けて頂くために足を運んだのです。以下、その時の様子を再現してみたいと思います。この事例から、皆様方の顧客や同僚を含むステイクホルダーから感謝されるサービスのあり方を見直すきっかけにして頂きたいのです。
30才代後半とおぼしき売場担当者(以下、Aさん)は、フクロウの置物が結婚祝であること、そして届け先と到着希望日を確認した上で、何かを調べるために事務室へさがりました。その時間は、ほんの数十秒だったように記憶しております。戻られたAさんは、持参した暦日一覧を開いて、さり気なく届け日の変更を提案してくれたのです。“ご覧のように、明日22日(日)は仏滅になります。明後日が大安ですから、差し支えなければ23日(月)のお届けにされては如何でしょうか。…… ”と。いわゆる“お日柄(旧暦の六曜)”を調べて、その品が結婚祝いであることから大安の日に届くことを提案したのです。顧客が選んだ品(この場合は、スワロフスキーのフクロウの置物)の購買動機に鑑みて、ベストな届け日を考えて提案されたのでしょう。その上で、最終的な判断をお客様に委ねるという、考えてみればサービス業の当たり前の状況対応をしただけなのです。P店の“お客様対応マニュアル”に明記されているのかもしれませんが、自然に身についているプロの顧客対応だと感じ入りました。帰宅後、Aさんのような対応というより心遣いにいつ出遭ったのか、しばらく思い出せずにおりました。その数分間のやりとりに、私は心の底から上機嫌になっているのです。探し回っていたスワロフスキーが置いてあったこと以上に、Aさんの顧客対応は、私の心に得も言われぬ温もりを与えてくれたのでした。
そんな出来事を思い出しながら、企業における顧客対応について、あれこれ考えてみました。多くの企業では、顧客満足実現のために、各企業の英知を結集した顧客対応マニュアルを整備して、現場における社員の実践教育に力を入れていると思います。経営環境の厳しい中では、顧客対応が業績へ直結してくるからです。ここで考えて頂きたいことは、全く同じやり方で対応しても、やる人の理解度や人柄・雰囲気によって、現実に表現される行為は異なった印象を与えるということも、よ~く認識しておかなければならないということです。つまり、顧客対応にとってもっとも大切だと思われる要因は、相手(サービスの受け手である顧客)に対するお役立ち意識が強いこと、その時々の状況に即した対応力が備わっていることの二点です。最終的には、相手のニーズ(目的)やウォンツ(手段)を満たすことが出来たかどうかではないでしょうか。言い方を変えますと、ニーズやウォンツを満たすための努力を誠実に実行して、その行為をどのように受け止めて頂いたかどうかに尽きるということになります。ですから、日常の顧客対応の中で、相手のニーズやウォンツを掴み取ることです。五感をフルに働かせて購買行動を観察し、対話を通して掴み取るしかありません。しかし、一朝一夕に身につくほど簡単ではありませんから、常にお役立ち意識を見失わずに、経験を積み上げていくことです。結局は、継続した地道な努力の積み重ねこそが、“真のプロフェッショナルへの道”ということに行き着くと思われます。
いずれにしても、サービスの評価基準は、サービスの受け手によって一人ひとり違うということを前提とするところから出発しなければいけません。“これ位のことはしてくれるだろう”という事前期待に対しての実績結果の差が、幅の広いサービスの品質評価になるということです。その事前期待は、その時々の事情によって異なってきますし、具体的に意識している場合もあれば、無意識ということも考えられます。さらに、受けるサービスの種類や内容によっても違ってきますから、何とも厄介な課題ということになるでしょう。ですから、サービスの本質追求を常に意識し、品質向上を目指した試行錯誤を継続するしかありませんね。今回取り上げたP店の売り場担当者Aさんの事例から、薬剤師に考えて頂きたいことがあります。薬局薬剤師の任務は、PS(患者満足)実現という視点で考えると、サービス業の一つという認識を持つべきだと思います。そのためには、服薬指導という応答の対話を中心とした窓口対応のあり方を、厳しい目による現状点検に始まって、今後の改善項目を明確にして、どうあれば良いのかを再構築して頂きたいのです。“お大事に……”という文言を、単なるマニュアル用語で終わらせてはいけません。“共に乗り越えましょう”という思いを籠めて発する言葉にしなければいけないと思います。新人であろうがベテランであろうが、同じ目線で“共に”の姿勢で、日々試行錯誤しながら顧客(患者、患者の家族、生活者)と接して頂きたいと切望します。
EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2025.1.12記)
【参考】エッセイ314回:78才を目前にして,“何のために人は働くのか?”を考えてみました(2024.9.3記)/エッセイ138回:コミュニケーションの品質は、事前期待と事後評価の相対関係で決まる(2017.3.8記)