エッセイ309:薬局の生き残り策は何か!

投稿日:2024年8月5日

 衰退途上国をご存知でしょうか?発展途上国が先進国よりも高い経済成長率を続けて先進国に追いついていく国に対して、衰退途上国は低い成長率を続けて世界から取り残されていく衰退しつつある国という意味のようです。2022年5月に行われた日本経済学会春季大会のパネル討論でパネリストの1人が、日本は衰退途上国になってしまったと指摘したそうです。30数年ほど前、日本の国際競争力は世界第2位でしたが、今では20位以下に下がってしまいました。さらに、2023年の名目GDP(国内総生産)ドルベースランキングでは、ドイツに抜かれて第4位に転落しております。また、ファーストリテイリングの柳井会長兼社長は、昨年のアメリカニュース雑誌「タイム」のインタビューで、“日本は先進国ではない。30年間も休眠状態にあったのだから”と答えたことを知りました。以前は、アメリカに次ぐ経済大国と言われた日本ですが、そのような実態の国になってしまったということなのでしょうか。

 何故そうなったのか、私の現有能力では判断できません。ただ、嘆いてばかりでマイナス思考に陥ってはいけないと思っております。日本の底力を信じて、“今に見ていろ。見返してやる”と見得を切って、今できることを粘り強くコツコツ積み上げることが必要です。気持ちが萎えてしまったら、既に勝負あったということになりますから。

 この様な状況下で一番申しあげたいことは、自身が所属する業界のことだけではなく、異なる業界や職種はもちろんのこと、日本の現状実態と世界情勢にもキチンと眼を向けることです。それらの中には、直接間接を問わず属する業界の問題や課題に関わってくることがあります。視野を拡げて俯瞰することによって、本質的な課題が見えてくるのではないでしょうか。人の健康に関わる業界が、生活者から期待はずれと揶揄されるようであってはいけません。問題意識が消え失せないうちに、“どうしたら良いのか”を、私なりに考えてみたいと思います。今回のエッセイは、私の考える薬局の生き残り策を呟いてみたいと思います。

薬局の生き残り策は何か!

 2016年(平成28年)4月から“かかりつけ薬剤師制度”がスタートしました。公益社団法人日本薬剤師会のWebサイトには、「賢い患者・生活者になるために知っておきたい‘かかりつけ薬剤師・薬局のこと’」のページがあって、“かかりつけ薬剤師とは、健康や介護に関することなどに豊富な知識と経験を持ち、患者さんや生活者のニーズに沿った相談に応じることができる薬剤師をいいます”と明記されていました。その上で、かかりつけ薬剤師の機能とメリットや具体的な活用方法などが紹介されており、かかりつけ薬局・かかりつけ薬剤師を決めることを奨励しています。そして、“どうすればかかりつけ薬剤師を持つことができるのか?”が記されていました。かかりつけ薬剤師を持ちたい場合には、“かかりつけ薬剤師になって頂きたい”と意思表示しなければなりません。その上で、同意書に署名することが求められます。さらに、医療機関を受診したり、他の薬局を利用する際には、かかりつけ薬剤師がいることを伝えなければいけません。企業の中には、ホームページを通して、かかりつけ薬剤師・薬局に関する情報が掲載されているようです。地域の生活者から“かかりつけ薬剤師・薬局”として選ばれて地域貢献したいという思いが、強く感じられます。

 一方で、かかりつけ薬剤師制度を勉強し直しながら、チョットとした問題意識が頭をもたげてきました。その一つが、“かかりつけ薬剤師を持っている患者・生活者がどれだけいらっしゃるのか?”という現状実態です。私の知人・友人に訊いてみましたが、制度に沿ったかかりつけ薬剤師をお持ちの方はいらっしゃいませんでした。また、かかりつけ薬局・薬剤師という言葉は知っていましたが、“かかりつけ薬剤師・薬局とは何か分からない”とか、“かかりつけ薬剤師を持つメリットは何でしょうか?”という方が多いことから、制度の理解が行き渡っていないと感じました。さらに、“かかりつけ薬剤師・薬局という言葉を初めて聞いた”という方もいらっしゃいました。このような状況から、考えさせられたことがあります。先ず、薬剤師自身が、患者に対して、かかりつけ薬剤師を持つことの意義をどれだけ説いているのだろうかという素朴な疑問です。私自身、これまでお世話になった薬局で、かかりつけ薬剤師・薬局を持つことを働きかけられたことは一度もありません。かかりつけ薬剤師に関するリーフレットは置いてありますが、患者に直接声掛けしない限り、なかなか普及にはつながらないでしょう。この制度のメリットに鑑みれば、日常の仕事の一つとして、患者とその家族の状況に即した地道な啓発的活動の重要性を強く感じております。それ以上に、経営者が率先して旗を振り、かかりつけ薬剤師に付託された任務を果たすことの出来る人材の育成を、覚悟して取り組むことではないでしょうか。

 もう一つ、生活者の声を紹介したいと思います。20数年前に在籍していた会社の同僚から頂いたメールの一部で、私自身の患者経験からしても共感できる内容です。

「私事ではありますが、長年一人暮らしをしていた母が骨折してしまい、拙宅で一緒に暮らすことになりました。年相応と申しましょうか、整形外科・内科・耳鼻科・歯科・皮膚科のクリニックに通院しております。付き添って感じるのは、本当に地域医療の発展に感謝するばかりです。組織の連携や費用負担などのハード面では、私が現役の頃と比較してかなり充実しています。一方で、医療従事者の力量と言いましょうか、専門力、コミュニケーションスキル、応対マナーにはかなりの違いがあることに驚きます。悩まされます。同じ病院や薬局内であっても然りです。医療も介護も人材不足なのでしょうか。さらに、先生と呼ばなければいけない分、患者はモノ言えない不自由さが残ります。失礼を承知で申しあげますと、改善しようとする自浄作用が弱いのではないかと思ってしまいます。患者側のニーズに、まだまだフィットしていないような気がしますし、医療の先生方は現場にまだまだ降りてきていないように思います」

 このような実態が全てではないと思いますが、生活者の率直な声に耳を傾けることは、日常の基本的スタンスを見つめ直すきっかけになりますね。

 こうやって現状の姿と向き合って考えてみれば、かかりつけ薬剤師制度は、今後の薬局の生き残り策の幹であり喫緊の課題だと思います。医薬分業化における各医療機関の中で、一番敷居が低く気軽に対話できる身近な存在が薬局ではないでしょうか。そのことこそが、薬局のアドバンテージだというのが私の認識です。だからこそ、かかりつけ薬局・薬剤師として患者や生活者と心を通わせて共に歩むことを期待したいのです。今回のテーマは、「薬局の生き残り策は何か?」ということです。ここまで取りあげた内容を踏まえての私見を呟いてみます。 

 患者とその家族、そして地域の生活者から“○○さんに調剤してもらいたい。○○さんに話を聴いてもらいたい”というかかりつけ薬剤師の育成ではないでしょうか。医療従事者は、これまで以上に総合的な人間性が問われているように思います。薬剤師としての固有専門能力と対人関係能力・コミュニケーション能力を兼ね備えたかかりつけ薬剤師を育て続けることです。人間に対する興味を失わずに向き合える薬剤師を育て続けて頂きたいのです。そのような息の長い取組みを続けた結果として、地域に根を張った身近なヘルスケアステーションとして、人と人との絆を育んでいけるのだと思います。薬局の未来は、薬剤師一人ひとりがつくりあげるのです。スクラムを組んでつくりあげるのです。法で示された本質的理念とビジョン実現のために、自主性を持って汗かくのみです。

    EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2024.6.19記)

【参考】エッセイ289回:患者の思いを引き出しましょう。日常会話で引き出してみませんか。寄り添うとは、患者の思いを引き出すことなのです。(2023.8.19記)

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