エッセイ296:還暦を迎えてから、どのようなことをやりたいと考えていますか?

投稿日:2024年1月20日

 *今回のエッセイ296回は、昨年11月11日付のエッセイです。

 先ず、エッセイ288回で取りあげました採用試験問題「1+1+1=3+αを、日本語で表現しなさい」の私が考えた回答から紹介しましょう。「三人寄れば文殊の知恵」です。

 数年間、この問題を出題し続けたと記憶しております。回答者数も回答内容も忘れてしまいました。記憶に残る回答が無かったからでしょうか。そのような実態から、自己満足的な試みだったような気がする時もありました。このことを振り返りながらも、今でも傑作問題と密かに感じております。もともとは、研修における閑話休題的なショートトークとして考えたものです。閑話休題というのは、話が横道にそれたのを本筋に戻すことを言います。長時間の研修では、緊張をほぐすために脱線することがあります。脳内換気のために、意識して行う場合もあります。本線に戻すトークを考えておくことも、私なりの気分転換的な楽しみの一つでした。

 さて、令和5年も2ヵ月弱で幕を下ろします。3年間も続いた新型コロナウィルス禍の外出自粛が解かれたといっても、遠出する機会はめっきり減りました。高齢者と言われるようになってからは、明らかに行動範囲が狭まっています。そのような日常の中で、77才になっても過去のあり様を悔いることがあります。その中の半分は、“あの時やっておけば良かった”ということでしょうか。だから若い方々には、“思い立ったら実行しなさい!”、“決めたなら、後はやるかやらないかだけの問題ですよ!”と、背中を押すようにしております。師走の背中が見えてきた今月のエッセイは、50才半ば過ぎの皆さんへの呟き気味の問いかけ になりそうです。

還暦を迎えてから、どのようなことをやりたいと考えていますか?

 原稿用紙を目の前にしてあれこれ考えながら、お節介過ぎるテーマのような気がしなくもありません。先ずは、今回の問いかけを思い立った理由から触れておきたいと思います。この何年かの間、50才半ばを過ぎた現役の知人とお会いする機会が何度かありました。どなたも、それまで仕事一筋で頑張ってこられた方々です。気がつけば、定年が視野に入ってきました。そのような状況下で、定年退職後の人生設計を決めかねていらっしゃる方、或いは未だ描いていない方が多かったのです。そこで、私自身の後悔も含めて歩んできた道を紹介しながら、人生設計を考えるきっかけにして頂こうと思うに至りました。

 私が23年間勤務した会社を転職したのは、54才になったばかりの時でした。仕事では、前年の人事異動がきっかけとなって、いくつかの理由から深刻な行き詰まり感を覚えたのです。また、私的側面でも悩みを抱えておりました。それらが相俟って冷静な判断ができない状態の中、どうしようもない感情を抑えきれずに、家族と相談することなく辞表を提出したのです。今後の生活もありましたから、とにかく転職先を探すことにあたふたする日が続いたことは、今でも頭の片隅から離れることがありません。何とか目途が立って、月を跨いで転職先のA社で就業し始めました。しかし、入社1年を過ぎる辺りから、居心地の悪さを感じるようになりました。入社にあたって経営者から要請された任務を果たすことが難しい状況になってきたのです。明らかなミスマッチだったのです。結局、丸2年でA社を辞することになりましたが、その経験から気づかされたのは、人生設計をキチンと構築して転職することの重要性でした。具体的には、私自身の強みと弱みを仕訳し総括することと残りの人生でやりたいことは何かを明確にするということです。そのステップを踏まなければ、やり甲斐につながる人生の実現は難しいということを心底学びました。そのプロセスを踏まない転職は、後悔を繰り返す可能性が高くなると強く感じたのです。

 その後の5ヵ月間は、千葉県にある知人の経営するドラッグストアチェーンで採用と社員教育のお手伝いをさせて頂きました。そして、56才目前のその数ヵ月間が、それから以降の生き方を考える期間となりました。“まだまだやれる”という気力は健在でしたから、可能な限り生涯現役を目指そうという思いが強かったですね。その時に行き着いた私の人生の方向性を紹介しましょう。

 ★東北エリアの調剤薬局またはドラッグストアで、薬学生・薬剤師の採用と育成の仕事に従事して、オンリーワンの仕組み作りを目指す。この仕事を通して、これまで私を育ててくれた社会に恩返しする。

 その結論に至る過程で留意したことがいくつかありました。一つ目は、薬学生・薬剤師の採用や育成の現状に対する強い問題意識がありましたから、ブレることなく積極的な問題提起をするということです。問題提起という意味では、薬学生の就職活動のあり方に対しても、意識して啓発的問いかけを実践すると決意しました。そして、アクティブマイノリティを貫くことを自分自身に誓ったのです。二つ目は、転職活動での面接に関することです。転職後のミスマッチを防ぐために、いくつかの確認事項を用意して臨むことにしました。“①企業理念と具体的実践例”、“②採用・人材育成上の問題点・課題”、“③採用ツール、研修などの教育ツール”、“④私の任務、付与権限と処遇”などです。三つ目の留意点は、私自身の実務能力についてです。50才を過ぎてからの転職は、即戦力でなければ通用しないということを肝に銘じました。その気持ちの表現として、私の考える教育理念を再構成し、自作の教材を製本化したのです。それらは、面接時に必ず持参しました。その上で、現有実践能力とノウハウ、これまでの仕事実績、強み弱みなど、あれこれ考えながら、保有する薬剤師資格を活かし、お役に立てる仕事は採用と人材育成という結論に至ったのです。仕事以外にも目標を立てました。ピアノ教室に通って、弾き語りが出来るようになることです。当面の目標を“もしもピアノが弾けたなら”(阿久 悠:作詞/坂田晃一:作曲)にしましたが、残念ながら淡雪状態で夢の中を彷徨っております。

 A社を退職してから、その後の転職活動においては、それまで培ってきた人間関係に助けられました。“情けは人の為ならず”という意味を反芻しながら、信頼関係の重要性と有難味が骨身に沁みたことが何度かありました。56才からの20年間は、調剤薬局3社でお世話になりました。また、いくつかの地元企業と短期的コラボレーションに携わることもできました。思いと現実のギャップに頭を痛めながらも、人材育成の本質を見失うことなく全力投球し続けております。何よりも幸運だったのが、10数年前に中田薬局と出会ったことです。私の考えや能力を尊重して、実務に関して全て任せてくれました。当たり前のように考え方の像合わせを行いましたし、実務に関してはその都度打合せしながら進めました。ですから、今でもつながりが切れることなく続いているのだと思います。

 どの会社においても、精一杯努力することで、予期しなかった授かり物にも恵まれました。その一つが、仕事を通して出会った若手薬剤師と立ち上げた学び塾とにかく学びたい人たちが影響しあう機会)です。新型コロナウィルス禍で途切れておりますが、“共に”の姿勢で相互研鑽を続けております。もう一つは、18年前にスタートした採用担当者つぶやきエッセイによる問いかけです。これだけ続けられるとは想定しておりませんでした。最近では、SDGs的発想を意識しながら、問題意識の泉が涸れるまで呟き続ける所存です。エッセイ296回は、私個人の転職後の歩みの一端を紹介させて頂きました。人生設計構築の参考になりましたら幸いです。

    EDUCOいわて・学び塾主宰 井上 和裕(2023.11.11記)

【参考】エッセイ290回:私の小さな学び直し例~学び直しの種は、身近な所にゴロゴロ転がっています(2023.8.30記)

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