2023年(令和5年)は、スポーツの底力を存分に味わうことができた一年になりそうです。これまでも、幾度となく感動と希望の芽を振りまいてくれました。その中には、“私も頑張らなければ… ”という思いが掘り起こされて、前向きな行動へと導いてくれた芽がいくつもあったと感じております。
その第一弾が第5回WBC(World Baseball Classic)で、2月の壮行試合を含めて放送された侍ジャパンの全試合をテレビ観戦しました。東京ドームの第1ラウンドは、落ち着いてテレビ桟敷席で応援できたと思います。第1ラウンド1位通過後の準々決勝からは、アドレナリンが収まらない状態でテレビ画面に釘付けになりました。アメリカとの決勝戦は、これまでのスモールベースボールではなく、力勝負で互角に渡り合って勝ち取ったと評価しております。とにかく、ハラハラドキドキも含めて、大いに楽しんだ30数日間でした。3月下旬まで続いたWBC関連の各局のテレビ番組も、可能な限り見入ってしまったほどです。その結果、これまで感じ得なかったスポーツの多様な力を知ることができたと思います。新たな学びを有難く拝受した2023年3月でした。余談ではありますが、今回のWBCとWBSC(World Baseball Softball Confederation)プレミア12、さらにオリンピックの金メダルを持っている唯一の国が日本だそうです。
あの興奮から半年経って、気づかされたこと、学んだことを振り返っております。チームマネジメント、リーダーシップ、対人関係構築に関するヒントが、それも実践することがそれほど難しくないと思えるヒントが散りばめられているのです。これまでも課題として提起されていながら、目先の業績や効率至上主義のために隅に追いやられていたことが多いような気がします。それらのヒントは、多くのサイドストーリーから窺い知ることができました。今回のエッセイは、これまで知り得た情報を基にして、想像力の羽根を大きく拡げて、第5回WBC侍ジャパンの勝利の要因を考えてみました。私見ですから、的外れかもしれません。大切なことは、自ら考えて何らかの結論を表現しながら、問題発見能力や状況対応能力をブラッシュアップすることではないでしょうか。
信頼と安心のコミュニケーションが、チームパフォーマンスを高める秘訣
世界一を唯一の目標として、監督・コーチ・スタッフそして選手が一枚岩になって、全力で試合に臨んだことこそが、金メダルにつながったと思います。選ばれた選手は、所属チームの主力選手です。実力と自己統制力を兼ね備えた方々です。さらに、MLB所属の外国籍選手も仲間入りしました。どうやって、伸び伸びとした雰囲気の一枚岩のチーム侍ジャパンができあがったのか、それを追究することが今回のエッセイのテーマになります。
イの一番に考えついたのが、信頼と安心のコミュニケーションを通して、選手一人ひとりの役割を明確にして共有化したことが、一枚岩に至った要因ということです。さらに、その役割を理解した上で、選手個々が自然体で自主的に判断して実践行動していたことが、いくつかのサイドストーリーから窺い知ることができました。例えば、ダルビッシュ有投手が合宿初日からチームに合流したことがあげられます。さらに、メンバーに積極的に関わり合ってチームを主導していた姿は、コーチの風格さえ感じさせてくれました。初来日のヌートバー選手に対しては、チームへ合流する前日に、わざわざ会いに行っているのです。正に、フォア・ザ・チームに徹していたと思います。大谷翔平選手は、行動と背中で引っ張っていました。始まる前に否定的評価もあったヌートバー選手の全力プレーは、中国との初戦から、観客のハートを鷲掴みにしました。
私が感じた一枚岩の集大成は、3月21日(火)準決勝メキシコ戦での逆転サヨナラ勝ちの9回裏の全場面でした。先頭打者の大谷選手は、“塁に出てきます”と言い残して、いつもよりバットを短く持ってヒットねらいで初球を叩きました。ヘルメットを飛ばして二塁へ激走し、ベンチに向かって大声で数回“カモーン”と檄を飛ばしたのです。続く吉田選手は四球を選びましたが、次打者の村上選手に向かって“頼んだぞ”と指さしました。代走として一塁ランナーとなった周東選手は、いつでもスタンバイできるように準備をしていたそうです。それまで3三振の村上選手は、コーチからの伝言で腹を括って打席に立ちました。3球目の直球をとらえてサヨナラ安打を放ったのです。その瞬間、選手全員がベンチから飛び出してグルグル腕を回していました。その一部始終を目の当たりにして、もう言葉になりませんでした。敗軍の将ギル監督は「今夜の勝者は世界の野球だ」と言わしめさせたのが、その言葉の裏に侍ジャパンの一枚岩がかぶさっていたと感じるほどでした。
プレイボール前の円陣声掛けにも、一枚岩を感じました。決勝戦前の控室での大谷選手の「憧れるのやめましょう。……」は別格として、第一次ラウンドでのベンチ前の声掛けに感じるものがありました。3月12日(日)のオーストラリア戦での牧秀吾選手、その前日3月11日(土)チェコ共和国戦の甲斐拓也選手の声掛けです。いずれにしても、各選手が自分自身の役割を認識し自覚して、プレッシャーと闘いながらもプレーし応援する一挙手一投足に、野球が大好きだから真剣に向き合う姿に、一枚岩を感じたひと月間でした。
何故このひと月間だけのチーム侍ジャパンが一枚岩になれたのでしょうか。それは、栗山監督が選手一人ひとりと信頼と安心のコミュニケーションを図った結果だと思います。チームの目的・目標(世界一になって日本球界を盛り上げたい)、具体的な方針、それぞれに期待する役割を、率直に語り話し合い共有したことに尽きると思います。選手一人ひとりと、真剣に向き合って対話した結果だと思います。選手の意見を聴くことにも注力したと思います。野球はバックアップが非常に大切なスポーツの一つだそうです。プレー中はもとより、プレー以外でも選手個々へのバックアップはチームマネジメントとして重要な要素なのです。期間限定の侍ジャパンですから、監督・コーチと選手のコミュニケーションは、世界一という目標達成のために不可欠のファクターでしょう。大会終了後に見聞きしたサイドストーリーから、栗山監督が信頼・批判しない・感謝のコミュニケーションを貫いて実践したことを知りました。
以上、想像力の羽根を大きく拡げて、第5回WBC侍ジャパンが世界一になった要因を考えてみました。あれこれ思いを馳せながら、いまエッセイ277回を紐解いています。その中のチームマネジメントのチェックポイントは、スポーツでも仕事でも変わらないと思うに至りました。信頼と安心のコミュニケーションが、チームパフォーマンスを高める秘訣だと確信したのです。もう一つ触れておきたいことがあります。リーダーシップというのは、リーダーの専売特許ではないということです。自分自身の役割を果たすためには、状況に応じて発揮できるものではないでしょうか。だから信頼と安心のコミュニケーションを通じて、役割を共有化しておくことが必須なのです。今回の侍ジャパンでは、メンバー全員がTPOに応じて、それぞれに見合ったリーダーシップを発揮していたのだと思います。
【参考】チームマネジメントの6つのチェックポイント
1.組織目標が明確になっている
2.組織目標を所属する全メンバーが充分に理解している
3.組織目標達成のためのメンバー一人ひとりの役割が明確になっている
4.メンバーが自分の役割を理解し、その時々の状況に応じた行動がとれる
5.メンバーがコミュニケーション活性化と情報共有化に努めている
6.組織目標を達成することが、メンバーのやりがいにつながっている
EDUCOいわて・学び塾主宰 井上 和裕(2023.10.5記)