エッセイ287:合宿のすすめ ~ 合宿研修のリスク対策

投稿日:2023年9月20日

 “合宿のすすめ”シリーズの最終便は、これまでの経験から考えた合宿研修のリスク対策を取りあげたいと思います。合宿では、予期せぬ出来事が発生することがあります。合宿の目的を果たすためには、考えられるリスクを抑える対策や起きた時の対処法を考えておくことが、運営責任者の重要な責務の一つであり、真のプロの基本ではないでしょうか。

 合宿の場合、不慣れな環境、気遣いや緊張からくるストレスなどで、体調を崩す度合いが高まります。経験の浅い運営担当者であれば、問題が発生しても、その都度想定外で済ませるかもしれません。しかし、想定外で済ませられない問題も出てきます。想定外で済ますことは、思考を停止して問題を先送りしたことになります。問題解決は、実践能力を鍛え、最後までやり抜く力を強くします。想定外にすることは、折角の能力開発機会の放棄であり、一番危惧することは同じ問題が繰り返される可能性が高くなるということです。私の経験則ですが、事前に周到な準備をし、行動ルールを明示することで、問題の発生を未然に防ぐことが可能になります。また、問題が発生したなら、どのような事態であっても、即座にPDCAサイクルを発動することが基本でしょう。紹介するリスク対策は、これまでに積み重なった経験を整理整頓してまとめたものです。

 40年近くも合宿研修を実施してきました。カリキュラム、受講者層、日数など、所属した企業の事情に即して対応しました。日数で言えば、1泊2日から5泊6日×3クールまで様々でしたが、3泊4日と5泊6日が多かったと記憶しております。また、事務局要員が複数名の場合もあれば、私一人の場合もありました。一人ということは、会場の選定・打合せから事前準備、運営事務局、インストラクターを私が全て担うということです。エッセイ287回は、私一人で企画・運営した合宿研修で試行錯誤した井上流リスク対策の呟きです。大企業であれば、宿泊施設を備えた自前の研修施設を持っていると思います。今回のリスク対策は、研修施設を持たない企業の場合を想定しております。

合宿のすすめ ~ 合宿研修のリスク対策

 新卒新入社員の合宿研修の場合、遅くても実施予定の半年前までには合宿会場の確定予約を行ないます。4月初旬は、合宿実施可能施設が混み合います。早目の対処をしなければ会場確保ができませんから、年間スケジュールに基づいて一年前仮予約を目標にしておりました。合宿会場は、会議室があればオーライという訳にはいきません。予約する前に、必ず出向いて見学をします。研修運営に必要な備品の有無と運営しやすい環境かどうかのチェックが主目的です。点検項目は次のようになります。会議室の形状・広さ、出入口の場所、テーブル・机の種類と数、椅子の種類(高さの調整ができるか等)、照明の色合い・明るさ、照明器具点滅スイッチの場所、コンセントの場所、延長コードの有無、空調設備の性能、窓とブラインドの状態、WI-FI設備、テレビ・ビデオデッキの有無、OA機器・プロジェクター・スクリーン設備の状況、さらに食事施設と食事メニューなど、多岐に渡ります。併せて、宿泊室も見学します。受講者が用意しなければならない持参物チェックのためです。研修目的の達成と円滑な運営のためには、会場そのものに気を配ることも真のプロの要件だと思います。合宿先が決まったら、直接出向いて会議室と宿泊室の予約申込みをします。費用の交渉もします。先約があった場合を想定して、第二候補先も考えておきたい。

 予約が完了した後は、ひと月前に打合せを行います。研修スケジュールに沿って、会議室の使用時間帯、使用備品、食事内容など、細かい詰めを行ないます。部屋別宿泊者予定名簿も提出します。前日は、夕方から会議室のセッティングです。私一人の場合、2時間はかかりました。その後、会場側と最終打合せをしてチェックインします。その日は、受講予定者が全員チェックインしたことを確認して、翌日の教材研究に没頭するのです。ここまでは、合宿研修がスタートする前段階に関する内容でした。リスク対策として大切なことは、「①年間スケジュールの作成」、「②会場の早期予約」、「③会場の点検」の三点です。会場に関しては、日頃から候補施設の情報を把握して見学しておくことがポイントでしょう。

 合宿研修がスタートしてから一番気を遣うのが、参加受講者の健康管理と生活管理になります。受講者の多くは成人ですから、簡単なルールを決めて自主性尊重が基本です。しかし、やり方がどうであれ、アクシデントはつきまとうものです。特に新社会人の場合、考えられないような事故が起きます。これまでの実体験から学んだことを含めて、リスク対策のチェックポイントを列挙してみましょう。

 複数回あったのが、寝坊による開始時刻の遅刻です。全ての研修は2人相部屋にしておりますから、寝坊による遅刻者は複数名になります。理由の多くは、良好な人間関係構築のために、深夜或いは未明までポジティブなコミュニケーションをしていたことです。合宿だからこその出来事ですから大目に見ていますが、理由が何であれ無許可遅刻は許されないのが社会人の基本ルールです。受講者全員に対して謝ること、遅刻理由を正直に述べることの二点を義務付けております。さらに、許すか許さないかの判断は、受講者全員に決めてもらいます。数週間にわたる不慣れな環境下では、ストレスが原因で体調を崩す受講者が出ます。風邪、胃腸をこわす、食欲不振、体調不良の他に、睡眠不足も多いのが実態です。居眠り対策は、研修カリキュラム編成の腕の見せ所になります。また、最終日近くになると、痛飲で具合を悪くし、夜中に起こされたこともありました。自己管理が基本ですが、新社会人の場合、起こりうる可能性を幅広く想定しておくことの重要性を常に感じております。忘れられないのが、10数年前に発生した受講者の骨折事故です。全くもって呆れたのが、骨折理由と当人達の事故後の対応でした。私以外の教育担当はおりませんから、以降の研修日程に大きな影響が生じました。一番残念だったのは、快復後の仕事への取組み姿勢でした。採用・教育担当として、力不足と無念さを感じるのは、そのような実態を目の当たりにした時なのです。

 参加受講者が10名以上になりますと、受講者同士の相性の不一致が運営に影響することがあります。グループ討議や課題で、相性の芳しくない受講者が同グループになった時です。感情が先に出る、議論に至らないなど、グループ運営だけではなく、全体の雰囲気にも大きく影響します。社会人成り立ての新卒新入社員に対しては、組織運営やチームワークの基礎知識をカリキュラム化して、学生と社会人の明確な違いを考えて理解する機会にしております。こうやって経験を重ねていくと、それぞれの事態毎に“どのような対応をとったら良いのか”というあり方や方途が明らかになってきます“どんなスタンスで対処するべきか”という引き出しが、一つ二つと増えていきました一番の賜り物は、様々な事態に落ち着いて対処できるようになったことです。そのための対応策として、合宿かどうかを問わず、運営事務局としてのリスク対策チェックリストの作成をお勧めします。

 以上、合宿研修における実体験のリスク事例をアレコレ紹介しました。研修カリキュラムをこなしながら、合宿の目的達成に影響するリスクの芽を摘むことにも眼を向けなければなりません。どのような研修でも、心身の全エネルギーを燃やし続けなければ務まらない大仕事なのです。

 もう一つ、企画運営する担当者として、私が実践していたリスク対策を紹介しましょう。事務局とトレーナーに関わる全ての準備を万端整えることは当然として、私自身の健康管理にも気を遣いました。私の代わりはおりませんから、発熱や怪我をしたら延期するしかありません。ちなみに、10何年か前の合宿研修中、突然の痛風発作に見舞われたことがありました。激痛に耐えながら、残りの十日間を何とか乗り切りました。その年から3年間、同じ時期にだけ発作が出てきたのです。それまでは他人事だったストレスの存在を、初めて意識しました。以来、私自身の心身のヘルスケアにも心がけるようになりました。食事面では、研修開始の1週間前から、刺身などの生モノは一切口にしません。30数年前から実践しております。運営面でも、あれこれ気を遣うことがありますが、多くの紙面を割いてしまいそうですから、別の機会に譲りたいと思います。

 かなり気を遣う合宿研修ですが、研修目的を乗り越えた先にある希望の灯を絶やしてはいけません。そんな気概を持てない方は、企業の人材育成担当職に就くことは許され無いのです。多くの研修受講者は、真剣勝負で席に着いていますから、実施することが目的の研修にはダメ出しするしかありません。リスク対策は、そうならないための行動表現の一環だと自覚しております。

     EDUCOいわて・学び塾主宰 井上 和裕(2023.7.20記)

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