エッセイ227:再度、地味な職種は何か?

投稿日:2021年4月8日

 昨年10月にお届けしましたエッセイ218回(2020.7.15記)では、“医療従事者が任務を果たす上で、何故使命感が大切なのか!”を、掘り下げて考える集合研修でのホームルーム(以下、HR)を紹介しました。最近では、そこで紹介しております中村哲さんの生き方そのものを考えて頂いております。今回のエッセイは、前回の続編として、地味な職種・地道な職種、どうしても知っておいて頂きたい出来事など、もう少し考えてみたいと思います。

再度、地味な職種は何か?

 いのうえ塾のHRカリキュラム“医療従事者が任務を果たす上で、何故使命感が大切なのか!”では、どなたもがご存知の方々だけではなく、人知れず地道な行動を選択された方、本当に必要なことを見極めて歩まれた稀有な方にも焦点を当てております。ご存知かどうかを訊ねても、“知ってます”という声を聞くことは、これまでほとんどなかった方々です。先ず、その内の何人かを紹介したいと思います。

 前文の中村哲さんと一緒にアフガニスタンで農業支援活動をされた伊藤和也さん(当時31才)は、2008年にナンガルハール州で拉致誘拐されて殺害されました。中田厚仁さん(当時25才)は、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)ボランティアとして、選挙監視に従事していました。1993年4月8日、通訳の現地人と共に銃撃されて帰らぬ人となったのです。2001年1月26日、JR山手線新大久保駅で線路に転落した男性を救助しようとした二人が、電車にはねられて亡くなりました。韓国人留学生の李秀賢さん(当時26才)とカメラマンの関根史郎さん(当時47才)です。李さんの母、辛潤賛さんは“どんな形でも、日本との架け橋であり続けたい”と、毎年日本に訪れていらっしゃるそうです。2019年11月、常勤医が不在だった岩手県八幡平市の国保田山診療所に、米国で経験を積み重ねた医師が赴任されました。韓国籍の在日2世高大哲さん(当時74才)です。人生の集大成を、日本の地域医療に捧げて、同じ世代の健康を守っていこうとの思いからの来県だったそうです。日頃から、少しだけアンテナを高くして情報収集網を張り巡らせていれば、視野や着眼点が拡がるアレコレに出会います。大切なことを気づかせてくれる見知らぬ方々に出会いますその積み重ねは牛歩のようなユックリズムではありますが、着実に人間性を高めてくれるのです

 今回申しあげたかった地味な職種は薬剤師のことです。医師、看護師、診療放射線技師、助産師、臨床検査技師など、医療従事者の職種は20種以上もあるでしょうか。その中でも薬剤師は、“地味で地道な積み重ねを要する職種”だとつくづく感じております。医療の仕事は、多くの職種の分業体制で、効果的効率的にシステム化されています。患者さんの診察・診断は医師、治療は医師と看護師が行います。診断に基づいて処方された薬を扱うのが薬剤師ですが、多くの方々の目には、地味で目立たない職種に映っていると思います。小学生のなりたい職業に、医師・看護師・救急救命士は出てきますが、薬剤師の3文字を見つけることは難しいのが実状です。今春、薬剤師の職能を取りあげた「アンサング・シンデレラ」という連続ドラマが放映されましたが、拝見しながら、次のような考えが浮かんできたのです。

 患者さんに対する医療プロセスを鑑みれば、患者さんにとって薬剤師はアンカーなのです。そのことは、様々な思いや感情を抱いている患者さんとその家族とのコミュニケーション機会の最後の砦的存在を意味します。そして、アンカーだからこそ出来るサポートが、いくつかあるように感じ始めました。一人ひとりに合った健康サポートは、間口は広く奥行きが深いと思います。だからこそ、患者さんやその家族との地道なコミュニケーション、治癒に向けた地道な勉強の積み重ねが必要なのです。地味であっても、患者さんと家族の身近な存在としてのアンカーを目指したい地味の持ち味は、滋味(豊かで深い精神的味わい)を提供することなのです。そのためにどうあれば良いのか、今後の教育テーマにしようと思います。根気強く取り組まなければならないテーマです。

        井上 和裕(2020.11.7記)

【参考】エッセイ153回:身近な仲間の日々の努力にこそ光を(2017.10.2記)/エッセイ218回:使命感と覚悟を持って事に当たった先人・先輩から学ぶ(2020.7.15記)

最新の記事
アーカイブ

ページトップボタン