*昨年10月に脱稿したエッセイになります。
先ず、頭の体操から始めたいと思います。就職活動用語として、“業種”と“職種”があります。求職者との面談において、“それぞれの意味を理解して会社研究しているのだろうか ”という感覚に見舞われることが、採用活動での恒例行事のような位置づけになってしまいました。皆さんは、それぞれの意味をご存知でしょうか?
業種とは、会社や個人が経営する事業の種類のことです。日本標準産業分類(総務省)によれば、農業・漁業、製造業、卸売業・小売業、医療・福祉、分類不能の産業など、20種に大分類されています。さらに細分化されて、99の中分類が明示されていました。一方、職種というのは、業務内容によって分けた仕事の種類のことをいいます。“職業の種類”の省略と考えても良いと思います。身近なところでは、営業、事務、研究開発、販売、設計、人事、医師、薬剤師、医療事務などが該当します。会社における部署名(営業部、人事部、経理部、企画部、薬剤部など)をイメージすると理解しやすいと思います。
もう一つ質問があります。職種の数(或いは、職業の数)は、いくつあるでしょうか?
驚くなかれ、厚生労働省編職業分類2011年改訂版では、17,209の職業が掲載されているようです。この職業分類は、厚生労働省の要請を受けて労働政策研究・研修機構が公表しています。13の大分類(管理的職業、専門的・技術的職業、事務的職業、販売の職業、輸送・機械運転の職業など)毎に、併せて17,209の職業(職種)が記載されているということです。ここから今回のエッセイの本題がスタートします。
地味な職種は何か?
どのような業種であれ、会社には事業目的があります。多くの会社は、競合他社と競い合いながら、その事業目的を効果的・効率的に達成するために、仕事の役割を分担し合う分業体制をとっています。そのための仕組みが組織ですが、会社の事業目的達成に向けて、各組織のメンバーが力を合わせているのです。つまり、いくつもの職種のメンバーがその任務を果たすことで事業目的が達成されるということになります。エッセイ225回で紹介しておりますが、50数年間の私の仕事人生は、10の会社で、五つの職種(病院薬剤師、薬局薬剤師、トイレタリー・洗剤・サニタリー製品の営業、営業企画、人事教育)に従事しました。それらの仕事を通して痛感した職種に関するアレコレの一つを、率直に呟いてみたいと思います。
業種や会社によって異なると思いますが、それぞれの業種や会社で脚光を浴びる職種が必ず存在します。花形といわれる職種ですね。花形職種は、企業内での社員間競争も激しいのが実態です。それに対して、表に出る機会の少ない目立たない職種も必ずあります。その多くは要員数が少なく、社内における存在感は薄いのが特性かもしれません。私が20数年間在籍していた卸売業の場合、会社全体の過半数を占める営業職、マーケティング職、営業企画職などの直接部門が、何かにつけて注目を浴びる大黒柱・屋台骨のような職種でした。他方、その仕事ぶりが日の目を見ることが稀な職種があります。代表的なのが、総務や経理などの間接部門でしょうか。着実さが求められる月次定型業務がメインですから、チョットしたミスも許されません。100%正確な仕事が当たり前の職種なのです。一言で表せば、地味な職種、地道さを要求される職種といえましょう。
ここで一休みして、直接部門と間接部門の違いに触れておきましょう。会社の職種は、直接部門と間接部門の二つに大別できます。会社の業績(売上、利益)に直結するのが直接部門で、製造、研究開発、営業・販売、企画などの職種が該当します。それに対して間接部門は、直接部門をサポートする縁の下の力持ち的職種で、該当するのが総務、経理、システム開発などの職種になります。これから取りあげます人事や教育も間接部門に属します。
私がこれまでに従事した五つの職種の中で、唯一間接部門だったのが人事・教育です。30数年間、7つの会社で従事しました。人事や教育に対する会社の姿勢によって異なることを承知の上で申しあげますと、人事・教育は“気苦労が多く地道な努力が求められる地味な職種だった”と、つくづく実感しております。個人情報に関わることやマル秘事項が多いことから、簡単なメモですら取扱いに気を遣う側面がかなりのウエイトを占めます。他部門とのちょっとした会話ですら、発する言葉を選ばなければならないケースが当然の世界でした。“ここだけの話”は禁句なのです。常にストレスを感じていたのが採用の仕事でした。日常的に超売り手市場の薬剤師採用、バブル期における卸売業での新卒採用は、気の休まる暇がない日々でした。携わった5つの会社は、東北エリアの中小企業です。知名度も低い会社でしたから、苦労話には事欠きませんし、その苦労に対する会社の対応に不満を抱いたことが何度もありました。合同会社説明会において、何度も味わった悲哀と悔しさを忘れることはありません。だから、パーソナルインフルエンスに磨きをかけて魅力度を増すこと、その場で求職者に信頼して頂けるような人間性を高めることを、日々意識しながら仕事に励みました。就活学生に対して、私のパーソナリティで正面から体当たりする道を歩むしかありませんでした。そんな労苦を笑って済ませられる年代になりましたが……。
人事といえば会社内でのステータスが高いと思われがちですが、実態は地味で気苦労が多い上に、思考力や状況対応力が問われる職種だとつくづく実感しております。特に、評価を含めた人事処遇に関しては、経営トップ層の専権事項でもありますから、客観的な判断資料作りに腐心した記憶がいまだに鮮明に残っております。特に、恣意的な身びいきが起きないような制度や実務フローの追究と実践は、常に意識して工夫を凝らしました。卸売業のKHグループでは、全国に先がけて東北エリアに新評価制度を導入しました。全社員への説明会を12拠点で行うなど、無理がたたって風邪をこじらせ肺炎を併発したほどです。一週間以上の安静を言い渡されましたが、そのおかげで愛煙家を卒業することができました。“総論賛成、各論反対”の代表でもあります社員教育は、経営トップ層の考え方によって社内の位置づけが様変わりします。その違いを7つの会社で直に体感しましたが、私自身のモチベーションのあり方や維持に悩まされたことが多かったように感じています。また、教育による成長実感が表出するまで相応の時間を要すること、その教育成果が数値化し難いことなどから、社員の教育部門を見る眼が微妙に変化することに思い悩むことも多かった気がします。業績に陰りが出ると、削減対象経費予算のトップに3Kがあげられます。交際費、(旅費)交通費、そして教育訓練費です。さらに、間接部門が要員の削減対象になりますから、どうしてもやる気が失せてしまいます。だからと言って、地道な努力を怠っていては、教育担当としての実務能力は身につきませんし、人格的成長も期待できなくなります。
そのような環境の中で、人事も教育も、それぞれの職種の本質的任務と任務遂行の基本理念に基づいて、30数年間も目の前の課題解決に地道に取り組んできました。併せて、先を見越しての課題解決にも知恵を絞り続けました。従事して10年以上経ったある時から、何があっても、ぶれることなく落ち着いて対処できるようになったと実感できるようになったのです。人前に出て、いわゆる“あがる”ということも無くなりました。視点を変えれば、“打たれても屈することがなくなった”ように思います。状況に応じて対処できるようになった要因は、地味な職種であっても地道に取り組み続けたからなのです。だから、地味な職種であっても、地味な職位であっても、地道に任務を遂行している人が大好きなのです。大好きだから、そういう方々の姿に注力することを、今でも心がけているのです。そして、私の主宰する教育機会では、地味な職種、地道に励んでいるビジネスパーソンに、光を当てるようにしております。会社の屋台骨を支えている縁の下の力持ちに光を当て続けることは、人事教育担当の矜持として持ち続けたいと思います。
井上 和裕(2020.10.30記)