今回のエッセイは、5年前に掲載したエッセイ94回の再登場です。還暦を過ぎた方々には懐かしい曲の紹介になります。好きな曲を口ずさんで、心のコリをほぐしましょう。
私がテレビなるものに始めて出会ったのは、確か小学校高学年でした。昭和33年(1958年)前後だと思います。盛岡市でも視聴できるようになって、テレビジョンなるものが、私の生家の茶の間に鎮座したのでした。知り合いの人たちも集まって、一緒になって驚きの声を上げ、瞬きも忘れて笑顔で画面に釘付けになっていた記憶が、今でも残っております。
その当時、子どもの私にはテレビ電源を入れる権限はありませんでした。そのような中で、今でも忘れられない番組があります。バラエティの原型とも評される『夢であいましょう』というお洒落な大人向けの番組でした。私が高校生時代の話ですから、勉強の合間の頭休めと言い訳をしては、家族の寝静まった22時からの30分間に熱中しました。面白かったショートコントの合間のジャズ風演奏、内外の流行歌の歌唱は楽しみでした。特に気に入っていたのは、今月の歌というコーナーでした。今回は、『夢であいましょう』の今月の歌の中で、特に思い入れの深い曲からスタートして、私の大好きな曲とその理由を呟きたいと思います。あの「故郷(ふるさと)」(高野辰之・作詞/岡野貞一・作曲)のように、皆で唱和できる親しみやすい心の温まる曲ばかりです。それにしても、“夢であいましょう”をご存知の方は、還暦どころか古希を過ぎた方々になりましょうか。
このエッセイ206は、この時期に生を享けたすべての赤ちゃん、ご両親、親族、そして産婦人科の医療に携わるすべての関係者の皆さんに捧げたいと思います。赤ちゃんの産声は、私たちみんなの宝物です。ママ、ガンバレ!パパ、宜しく!
「こんにちは、赤ちゃん」そして…
69才間近の私が、歌い続けたい曲、未来永劫歌い継がれて欲しい曲が二桁はあります。前文で取りあげました『夢であいましょう』の今月の歌は、共に早稲田大学卒の永六輔さんと中村八大さんの六八コンビの作品です。永さんの和やかさと優しさを醸しだしてくれる詞に、ジャズピアニストの中村さんが心にスーッと浸み込んでくる曲をつけるのです。
アメリカでも大ヒットした九ちゃん(坂本九さん)の代表曲「上を向いて歩こう」、サブちゃん(北島三郎さん)の「帰ろかな」が有名ですが、私の推薦曲は「こんにちは赤ちゃん」(梓みちよさん)、「おさななじみ」(デューク・エイセスさん)、そして番組オープニングのテーマ曲「夢であいましょう」(坂本スミ子さん)の3曲なのです。
それぞれ歌詞の雰囲気も曲想も異なりますが、三様の味わいに心が潤ってきます。時を経る毎に、その思いは強くなりました。その中の私の一押しは「こんにちは赤ちゃん」です。
赤ちゃんの笑顔、泣き声に対して呼応する“はじめまして 私がママよ”のご挨拶、そして小さなお願い、…… 。今の世の中にこそ、そして何百年先までも、家族全員で唱和したい歌です。ママのお腹で、愛情イッパイに大切に育まれ、オギャーと産声をあげてくれた赤ちゃんに、Sotto Voce(小声で囁くように)で構わないから、関わってくれる一人ひとりが温かい眼差しで唱和したい祝福と愛情と大歓迎の歌なのです。それぞれが、“はじめまして 私がパパ…”、“… …ババ…”、“… …ジジ…”…と。ちなみにこの曲は、八大さんの第一子誕生をヒントに、パパの心情を歌詞にしてご本人にプレゼントされました。今月の歌では、歌い手が女性であったことなどから、ママの心情に置き換えたそうです。
『夢であいましょう』以外では、同じ永六輔さんの詩に、いずみたくさんが作曲した「見上げてごらん夜の星を」も大好きな歌です。気分が落ち込んでいる時、スランプでチョッピリ自信喪失の時などに、心を調えてくれそうな作品ではないでしょうか。“小さな星の小さな光が ささやかな幸せをうたっている”、そして“ボクらのような名もない星が ささやかな幸せを祈っている”という、等身大の祈りの曲のような気もします。
坂本九さんの歌では、「さよなら さよなら」が一番のお気に入りです。東京薬科大学合唱団時代に、男声カルテット(四重唱)用に私が編曲をしました。卒業間際に、最上級生を送り出すフェアウェルコンサートがありました。その後の送別会の席上、アンコールとして歌った思い出深い曲です。作詞がマイク真木さん、作曲は中村八大さんです。“君に会えてよかった”こと、“とっても楽しかった”こと、“もっともっと歌いたかった”こと、“いつまでも元気でいて欲しい”こと、“いつまでもいつまでも忘れない”こと… 。Ddur(ニ長調)のModerate(音楽記号で、“中くらいの速さで”の意)が原曲ですが、途中からEs dur(変ホ長調)に転調するという編曲にしました。その時の私の感性が、自然にそうさせたと思います。
男声四重唱は憧れの一つでした。そのきっかけは、“夢であいましょう”で聴いた、デューク・エイセス(男声カルテット)の「ドライボーンズ」だったのかもしれません。Fから半音ずつ八音上がってCへ、そしてCから半音ずつ下がってFに戻るという見事なハーモニー移動は、鳥肌以上の感覚でした。人間の声でこんなことが出来るのだ!という感嘆でしょうか。
何やら限がなくなりそうな予感がしてきました。もう一つだけに紹介させてください。それは、昭和50年代後半放映された『まんが日本昔ばなし』のエンディング曲「にんげんっていいな」です。山口あかりさんの作詞、小林亜星さんが作曲しました。熊の子が見ていたかくれんぼで“お尻を出した子 一等賞”、モグラが見ていた運動会で“びりっこ元気だ 一等賞”で始まる1番と2番の歌詞。“何じゃこりゃ?”、と想像力への誘いでしょうか。それとも、感性を刺激しようとの企みでしょうか。最初から惹かれます。そして、“ゆうやけこやけで またあした”、“ぼくも帰ろ おうちに帰ろ”、“でんでん でんぐりかえって バイ バイ バイ”でthe ENDになります。
これらの曲は、私の個人的好み以外の何ものでもありませんね。独り善がりで申し訳なく感じております。以下、私の見解を申しあげて、“でんぐりかえって バイバイバイ”といたします。
私が選びました、ずっと歌い続けたい曲、未来永劫歌い継がれて欲しい曲に、いくつかの共通点があると感じております。一つは、“田舎のおじいちゃんとおばあちゃんが、真綿のような雲に座って、温かい眼差しでひたすら見守っている”、そんな光景が歌全体を包んでいることです。喜びと楽しみに対する感謝があります。哀しみへの労わりがあります。喜怒哀楽の怒はありません。
もう一つは、全てが賛歌なのだという感覚です。先ず人間賛歌が根底に流れています。次が、家族賛歌、家庭賛歌です。そして、身近な幸せ賛歌、小さな思いやり賛歌、さらに有難う賛歌と続きます。詩と曲の織りなす縦糸と横糸が、阿吽の呼吸で賛歌を誕生させている、と感じさせてくれるのです。そして、それらの感覚は、小さな灯火ではありますが、着実に点り継がれていると思います。
EDUCOいわて・学び塾・種まき塾 井上 和裕(2015.6.10記・2020.5.2追記)