前回のエッセイでは、新入社員教育のあり方を、それまでの経験則や先入観から離れて、ゼロベースから見直した経緯と着眼点を中心に取りあげました。見直しの根っこには、新卒を含めた薬剤師の採用難が続いていることがあげられます。要員確保という難題が、常に頭から離れません。人材紹介会社にすがったこともありましたが、結局は自力で解決するしか道がないことも教わりました。あれこれ手を打ってはみますが、発芽するまでには至らないのです。原点に返って、新卒薬剤師の採用基本コンセプトを再定義して、一人ひとりの自立促進を啓発するやり方にこだわりました。
薬学生の採用に関わって20年近くになります。10数年前からは、その時々の就職活動で感じた問題提起と方法論を中心に、長期的視点で共に考えるコンサルティング手法の採用活動を続けて現在に至っております。しかし、岩手県沿岸の薬剤師過疎地では、努力しても思うような実績に結びつかないのが実態です。それでも基本コンセプトは変えることなく、知恵を出して新たなやり方にチャレンジしたのが3年前になります。決めつけていたデメリットを逆手にとり、地域に根付いた小企業だからこそ実施可能なオンリーワン志向の会社見学会を企画して、「なかたシップ」(参照:エッセイ160回)と命名しました。逆転の発想の一つかもしれません。ちなみに弊社のメリットは、「フットワークの良さ」、「意思決定の速さ」、「全社的意思共有レベルと協力度の高さ」、「築き上げた他職種&多職種連携と相互支援実績」、「地域包括ケア先進地域の薬局」と認識しております。
なかたシップは3年間で6開催しました。参加者の多くは、弊社の選抜選考試験を志望してくれています。初めて釜石を訪れた首都圏の薬学生からは、釜石エリアにおける地域包括ケアの進捗状況、多職種連携実態を目の当たりにして、“それまで抱いていた薬局薬剤師業務の可能性に対する閉塞感が払拭された”、“やる気が湧きました。それが一番です”という声を頂きました。今年度2名に続いて、平成31年度も3名の新卒薬学生が入社予定です。そんな3年間の手応えが、新入社員教育の抜本的見直しを後押ししてくれたと思います。
今回のエッセイは、新任薬剤師Mさんの新入社員研修レポートを紹介しましょう。Mさんとは、就職活動のアドバイス、Mさん自身が立ち上げたサークル活動への支援を通して、4年生の時から関りがありました。回りまわって、同じ会社で学び合う間柄になったのです。
お願いしたレポートは、以下のような問いかけになります。
●平成30年度新入社員導入研修も、残すところ一開催になりました。
この数ヶ月間を振り返って、あなた自身が感じたことや気づいたことを中心に、
新入社員導入研修のレポートをお願いいたします。
研修内容を、さらにスパイラルアップするための参考にすることが一番の目的です。
自分自身の言葉で表現してください。イッパイ書き出してください。
私の気づきは、「基本の大切さ」と「考えることの必要性」
企画し運営する人財育成責任者として、身につけて欲しいこと、気づいて欲しいこと、理解して欲しい本質的な側面は、あれもこれもと欲張り満載になります。それは当然であり、同志に対する期待度の表れなのです。しかし、私自身の50年前の姿を客観的に省みれば、あれもこれも身に付けることは“無理偏にゲンコツ”であることが明らかです。無理を承知で詰め込みを繰り返せば、押し付けと受け取られモチベーションを下げてしまいます。ここは、“焦らない”、“怒らない”、“威張らない”の三ナイ精神で、消化不良にならないように、育成目標の優先順位に沿った状況対応が基本と考えるようになりました。私の場合、「問題解決の思考プロセス(観る、聴く、感じる→考える、組み立てる、掘り下げる→表す、伝える、説得する)の理解と共感」、「修破離の理解」、「行動と意識をセットで革めることの本質の理解」の三点を、上位三項目としております。将来無くてならない人財の重要な必須要件でありながら蔑ろにされていること、その真意を理解するまでには時間と経験を要することが、優先順位の上位三項目とした理由の根幹なのです。
Mさんのレポートから、平成30年度新入社員教育の手応えを感じております。以下、レポート内容の全文を紹介したいと思います。平成31年度は、さらに充実した仕組みにするという気持ちを、一層強くしてくれました。
研修を振り返って大きく2点、①基本の大切さ、②考えることの必要性に気づくことができた。
①基本の大切さ
研修初日の「入社3年間は徹底した基本修得の3年間にしよう」という言葉を皮切りに、研修では基本が身についていないケースや真のプロとアマ(プロではない)との違いなどを考えて基本の重要性を考えた。
基本が大切なことくらい誰だって分かっているから、本来ならこんなことはスルーされるが、研修中は何度も基本の大切さに触れた。それには何か理由があるはずだと考えた。それはおそらく、なぜ基本が重要かを聞かれたら答えられる人は少ないからではないだろうか。また、基本が身についていない人(プロではない人)ほど他人のせい、つまり他律要因にしまいがちになる。他律要因が多ければ、PDCAサイクルはうまく回らずに失敗を繰り返していく。さらに、今の私はプロなのだろうかと考えた。世間から見れば薬のプロと思われる・見られているかもしれない。しかしながら、まだまだ知らないことが多く、先輩方と比べたら経験値も少ないため、まだ本当のプロではないと感じる。だからこそ、真のプロを目指すべく素直に教えを乞い、必死に学んで基本修得の徹底を行う必要があるのだと思った。
②考えることの必要性
まことプロジェクトを通して考える意識は段々と身についてきたが、今回の研修期間では登場した重要な鍵となる言葉(文章)が言わんとしていることは何か、意味を自分なりに考えるようにした。そうすることで、日常に溢れる教えの根源や日々の成功または失敗の出来事の要因となっていることに気づき、共感・納得する、その繰り返しだった。
例えば、私達は「自分に厳しく、人には優しく」という言葉をよく耳にする。優しさ・厳しさの定義が若干異なるかもしれないが、この言葉は研修でいうところの「自分のこと:相手のこと=49<51の姿勢」や「克己心と自助力」ではないだろうかと考え、その言葉に納得した。
ところで、研修期間中、井上さんがこれ程までに考える意識を身につけさせようとしているのはなぜなのか。私の答えは薬剤師の役割を全うするため、患者さんの声を傾聴するために必要だからと考えた。薬剤師法の第一条には「薬剤師は調剤、医薬品の供給、その他薬事衛生をつかさどることによって…」と書かれている。そのうち、薬局薬剤師が大きく関わるのは調剤の部分である。処方せんに沿って薬を正しく集めることが調剤であるなら、薬剤師ではなく、他の人間(下手したら子供)や機械にだってできる。しかし、調剤が薬剤師である理由なのはあれこれと考え、医薬品の適正使用と医療安全の確保を図ることができるからだ。その役割を果たすためには「考える」過程が外せない。また、患者さんが薬の持続時間を聞いてきたとする。その質問の裏には患者さんは、ある時間になって症状が出てきて不安を感じていたり、その時間をもとに調節して薬を服用しようと考えていたりする。加えて、患者さんが訴える症状は教科書通りに行かないことがほとんどだ。だから、私達は患者さんが薬剤師に伝えんとする意味全体(内容や気持ち、状況)を必死に考えて、イメージを広げ理解する。それができてやっと「傾聴」となる。傾聴するためには考えることが尽きない。考えが足りなければ患者さんはこちらに心は啓かない。つまり、信頼される関係は築かれない。
さらに、考えることの必要性は、①基本の大切さで述べた他律要因ばかりではPDCAサイクルをうまく回せないことにも繋がる。他律要因が多くなってしまうのは考えが足りないことも関係してるため、自分を客観的に見て、自律要因を探す(考える)必要がある。よって、「考えること」は薬剤師の役割を遂行するため、患者さんの声を傾聴するため、目標達成・問題解決に必要だから、常に考えるように努めなければいけないのだと思った。
研修期間で気づいたことは、普段の流れていくような業務中では、なかなか考え、気づき難い。だから、ふとした時に、ある経験をした時に、気づくことができるように ひっかき傷をつけられたのだと感じた。研修が終了しても、この傷を消さないように大事にしていきたいと思う。
(2019.1.23記)