ここ数年のエッセイの一番の眼目は、企業における人材育成、そして人事教育担当の育成にあります。その理由も含めまして、エッセイ118回「ようこそ(WELCOME)EDUCOの森へ」で申しあげております。その思いを意識しながら、私が教育担当として成長したと実感できる事例を振り返ってみたいと思います。前々回のエッセイで、“学ぶことの意味が分かってくるのは学んだ後のことで、それも学んだことが何らかの役に立ったと実感できた時に、理解し納得するのだと思います。そのようなことが一つひとつ積み重なってくると、視野が拡がる感覚、教養が身についていく感覚、人間性が深まる感覚が意識されるようになります”と呟きました。“今の私があるのは、あの体験や出来事が要因だった”と、明確に言い切れる事例を紹介したいと思います。
新人事評価制度導入や研究講座実施が、覚悟の根を丈夫にしてくれた
人事教育担当の職域は、思いのほか範囲が広く多岐にわたっています。それが、30年以上も従事してきた私の見解です。守備範囲が広いからこそ、覚悟の度合いによって一つひとつの仕事の出来栄えが異なってきます。そういうことも含めて、仕事の難しさが理解できるようになりました。
“覚悟することが必須要件”と強く意識して取り組んだのが、新人事評価制度の企画から導入・定着までのプロジェクトでした。それまで借りモノであった人事評価制度が、当然の帰結として仕事内容にそぐわないことが明らかになったからです。社員の将来に関わってくる制度であることから、“中途半端や妥協は、絶対に許されない”、“自主自立を貫こう”と、肚を括りました。評価のイロハから運用のあり方まで、自学自習に多くの時間を費やしたことは、これからも忘れないでしょう。勉強すればするほど、評価制度導入失敗事例の多くは、仕事のあり方の見直しに未着手であったこと、だから全ての職種の仕事遂行方法の見直しがポイントであることが分かってきました。そこで、仕事の進め方の基盤を「目標と自己統制によるマネジメント」とし、職種別能力要件の明示、半期3回の面談記録(被評定者、評定者がそれぞれ記入)の義務化など、骨格部分を明らかにしながら手探りでスタートしました。
企画から導入まで2年間、導入後の制度定着のための啓発研修や拠点別個別フォローに3年間、さらに多面評価を目的とした人事委員会の設立など、かなりの時間とエネルギーを費やしたことになります。また、制度導入の経緯、制度の本質的理解、制度定着のための面談訓練など、社員教育機会の企画・運営も同時並行で進めました。社員の理解と納得こそが、新制度の定着には欠かせない一番の要素でしたから、些細なことであっても気を遣うことは忘れなかったですね。これらの取り組みは、全国展開のモデルケースとして高い評価を得ました。このプロジェクトは、東北地区教育責任者として参画した関係から、制度の理解、円滑な運用などの社員教育まで網羅したことが功を奏したと自負しております。教育担当に求められる能力要件の核となる幅広い視野の重要性、そして肚を括って覚悟することの必然性は、この時に根付き始めたのだと思います。
次は、当時の教育担当の仕事に要する時間比率が一番高い教育機会のインストラクター育成を主眼として取り組んだ事例を紹介したいと思います。
在籍していた日用雑貨トイレタリー企業グループでは、社員の教育ニーズの把握から教育機会の企画・運営、教材作成まで、自前で誂えることが基本方針でした。カスタマイズは当たり前という感覚です。平成年代に入って、会社創業100周年記念事業として宿泊可能の研修施設が新設され、マネジメントスクールとセールススクールが常時開講される運びとなりました。40名前後の教育担当者が関わったと記憶しておりますが、全体構成の企画に頭を悩ましながら、カリキュラム毎に一からの勉強をスタートさせました。販売部門のセールススクールでは、お取引先のコンサルティング機能強化のために、入社後3年間を義務教育期間と定め、新入社員導入研修、基礎コースⅠ・Ⅱ、実践コースⅠ・Ⅱ、アドバンストコースⅠ・Ⅱの7コースを、半期毎に受講する仕組みに落ち着いたと思います。殆どが5日間の合宿形式でしたから、自己啓発と相互啓発を兼ね備えた学び舎作りを心がけるなど、環境作りにも配慮しました。また、新任セールスマネジャー向けのマネジャー基礎(3日間)コース、人事評価面談のロールプレイング訓練を取り入れた部下育成実践(3日間)コースも企画して、現場で実施可能な研修作りにもチャレンジしたのです。
私のインストラクターとしての実績は、新入社員導入研修、基礎コースⅠ・Ⅱ、実践コースⅠ・Ⅱ、マネジャー基礎コース、部下育成実践コースの全カリキュラムとなります。当時は、任務遂行に精一杯でしたから、大きなプレッシャーを感じながらも、ガムシャラに取り組みました。自信の無さは、“負けてなるものか”と言い聞かせて、乗り越える努力をしたと思います。今振り返って、その何年間かの仕事体験が地力を大幅にアップしてくれたことは間違いないでしょう。そして、覚悟の根を太く柔軟にして、地中深く掘り下げてくれたと実感しております。教育風土という土壌作りの重要性も教えられました。
各コースの最終日には、全受講者の研修所感とともにアンケートの提出がありました。アンケート項目には、各カリキュラムの理解度調査だけではなく、担当インストラクターの評価項目が複数箇所入っています。まさに(私の)通信簿ですね。
セールススクールがスタートした当初、インストラクターによる能力格差が顕著だったことから、その差を埋めることにも着手しました。それは、教育担当のインストラクション能力開発公開研究講座(以下、研究講座)です。小学校時代に経験した公開研究授業を思い出してください。その研究授業と同じ目的で企画した取り組みです。
研究講座は、ロールプレイングではありません。カリキュラム毎に、複数名(多い時で5名前後)の同僚が、オブザーバー(=インストラクション能力評価者)として本番に同席します。参加したカリキュラムについて、PDCAサイクルのCとAを徹底的に行うのです。何を観察するのかは各人に委ねられていましたが、私が用意していたチェック内容を紹介させて頂きます。
“①時間配分を含めた進め方”、“②教材の使い方”、“③オリジナル教材の内容と使い方”、“④問いかけ方、考えの引き出し方”、“⑤話し方や表現の工夫”、“⑥言葉遣いの適切さ”、“⑦態度・姿勢を含めたインストラクションテクニックの習熟度”、“⑧例え話の適切度”、“⑨重要ポイントを押さえているかどうか”、“⑩まとめ方の適切度”、“⑪受講者の取り組み姿勢”、“⑫受講者への動機づけのあり方”、“⑬意欲の低い受講者への対処”などを中心に、気づいたこと、感じたことを、客観的な表現でメモしました。特に、“⑭狙いが伝わっているか?”、“⑮伝えるためにどのような工夫をしているか?”、“⑯重要な点と枝葉を区別して方向づけしているか?”など、本質的側面を注視しました。最終的には、担当インストラクターの実力をオープンに検証することになります。生半可な評価は許されません。この研究講座は、集中力を養ってくれたと思います。
終了後は、徹底した反省会です。率直な批評は勿論ですが、オブザーバーの私が特に拘ったことがあります。先ず、“担当者自身の自己評価を訊くこと”と“自己評価の理由・根拠を聴くこと”です。もう一つは、問いかけ方や話し方を含めて、“私が疑問に感じた進め方に関しては、そのようにした意図や理由を聴くこと”でした。私が逆の立場であれば、“私の考えも聴いて欲しい”と感じることが多かったからだと思います。さらに“私ならこうする”という対案の提示を課して臨みました。いずれにしても、開始前の事前準備から終了後の原状復帰までの全てが、反省会のまな板に上げられます。最低でも2時間、翌日に持ち越すこともありました。
この研究講座は、コースと各カリキュラムの狙いの達成であり、受講者満足の追求&追究であり、最終的には教育担当者のスキルアップが目的です。しかし、40名前後の同僚(北海道から九州まで)の反応は様々で、感情的になって明らかな拒否反応を顔に出す方もいたと思います。私自身も、幾度となくまな板の鯉になりました。その都度、数多くの課題を頂戴しましたが、プロと評価される教育担当が目標でしたから、落ち込み悩むことがあっても、向上心が衰えることはありませんでした。この体験が、真のプロへ導いてくれたと思います。転職を経験して、そう公言できるようになりました。教材や資料を説明することは誰にでもできます。社員の心に火を点けることができる人が、プロの教育担当なのです。覚悟の根の張り具合と行動量が決め手になると思います。
今回のエッセイは、“今でも仕事やプロボノ的活動を続けていられるのは、あの体験や出来事が要因だった”事例の一部を紹介しました。状況に応じた対応力・修正力が身についたのも、古希を過ぎてもニーズに即してカスタマイズできるのも、そのおかげだとつくづく実感しております。
(2018.7.1記)