前回のエッセイは、教育機会におけるオリエンテーション(以下、OR)の重要性を考えました。“何故、ORを重要視するのか?その意図は何か?”に対する私見、そして“どのような進め方をするのか?”の具体的実施例を、かなり詳細に紹介できたと思います。
紹介した実施例は、岩手医科大学薬学部における二つの自由科目「東日本大震災から学び考える“これからの薬剤師のあり方”」、「岩手県総合防災訓練から学ぶ」の90分間の合同OR(自由科目では、ガイダンスと呼称)でした。私が担当して4年になります。
今回はその倍の時間(180分)を使ったORを紹介したいと思います。岩手医大薬学部のサークル薬学研究会(通称P研)における「まことプロジェクト」(以下、まこP)のケースです。“まこPの成果は、スタート初日の3時間で決まってしまう、という覚悟で取り組んだORでした。
まことプロジェクトのオリエンテーション
全ての教育機会の最終成果を占う試金石となるのが、初日のORだと考えております。私にとって大当たりの経験則ですから、のっけから試される覚悟で臨むことが、今でも私の優先度の高い行動理論として息衝いています。
最初の60分間は、“受講する皆さんが、先ずは、私のことを受け容れてくれるかどうか”の時間帯です。率直に申せば、“これから以降の全てが、ここで決まる”の60分間なのです。この時間帯を『開講宣言』と命名しております。平成28年9月25日(日)に行いましたP研「まこP」で再現してみましょう。
先ず、20分間のスタートトークで開講です。当日の講義録を、そのまま転載します。
『こんにちは、井上でございます。
事前配布いたしました案内状の通り、薬学研究会メンバーを対象としたまことプロジェクトを開講したいと思います。今日がまこPのキックオフとなりますが、本題に入る前に、“何故、薬学研究会メンバーにこの企画を提案したのか!”という本質的な理由を申しあげて共有化したいと思います。
先ず、非常に重要だけれども欠落していると私が感じている着眼点からお話ししましょう。重要なのに欠落していることを、シッカリ受け止めて考えて欲しいと思います。それも、皆さんがどのような職種に就こうとも、社会に出て生涯を閉じるまでの大前提の着眼点と捉えてください。
それは、『この世に生を享けたからには、一人の人間として、一人の職業人(ビジネスパーソン)として、一生涯学び続けることは宿命である』、『一生涯、薬学を修めたプロとしての能力研鑽は義務である。そうしなければ、一人前のプロにはなれません』ということです。この二つの見解を大前提として、残りの大学生活、卒業後の人生において、謙虚に学び続けることを覚悟して欲しいと思います。その理由については、5日間のまこPの中で、かなりの頻度で取り上げる予定でおります。また、就活に関してお話しする機会があれば、そこでも触れるテーマになるでしょう。
今一人前のプロと申しあげましたが、そのハードルはかなり高いと理解してください。多くの人は、そのハードルを安易に下げて、その結果自己満足で終わっているのが実態です。
何故そうなってしまったのでしょうか?理由の一つは、先ほどの大前提を蔑ろにしていることがあげられます。もう一つは、理想に行き着く道順、つまりプロセスを踏み違えているからだと感じています。今日は、このことを特に問題提起しておきたいと思います。
さて、一人前になるためには、大きく分けて二つの能力が必要です。固有専門能力と共通専門能力です。その詳細は、この後のオリエンテーションで取りあげます。
固有専門能力は、薬剤師必須の専門能力で、今皆さん方が毎日懸命になって学んでいる教科内容です。話はそれてしまいますが、とてもついていけないと諦めるようになったら、退学するべきだと思います。厳し言い方ですが…。
一方、この難しい固有専門能力は、将来皆さん方が従事する仕事の顧客のために使わなければなりません。顧客とは、薬剤師法第一条でいえば、日本国民全般を指します。そうなれば、国民の健康な生活確保に資するため固有専門能力をどう活かすか、というのが次の課題になります。結論を申しあげますと、共通専門能力という土台(基本、プラットフォーム)があって、はじめて顧客のために、状況に応じて的確で効果的に固有専門能力を活かすことが可能になるのです。
それでは、実態はどうなっているのでしょうか?ここをキチンと総括しなければいけません。共通専門能力が身についていない状態の薬剤師や薬学生がなんと多いことか、このことが大問題だと認識して20年になります。それ以上に、共通専門能力が蔑ろにされていることには、何とも言いようがありません。もう少し、具体的な問題をお話したいと思います。
共通専門能力のなかでも、①“自力で考える、掘り下げる、組み立てる、表す、実践する”という思考&行動プロセスが幼稚なこと、②“対人関係能力、とりわけコミュニケーション能力の基本が貧弱なこと”は、喫緊の課題だと思います。そして、その手当てがなされていないことは、もっと大きな問題だと感じております。
ここからは、皆さん方への提言になります。
薬学研究会の皆さんには、今回のまこPの主旨を理解して、啓発活動を率先垂範して頂きたいのです。受講してA評価をされたのであれば、P研主催企画のプロジェクトとして、年数回受講者を募ってまこPを実施されてはどうかと思います。P研が岩手医大薬学部のアクティブ集団として活動することを、心から願っております。そのきっかけとなることが、まこPの一番のねらいなのです。それでは、P研まことプロジェクトを始めましょう。』
次は、私の自己紹介です。手書きのオリジナルOHPシートを用いて、脱線しながら長めの自己PRタイムにしています。“井上さんから学びたい!”と感じて頂くための自己紹介ですから、それなりの作戦を立てて対話形式で進めます。そしてお互いの開講挨拶に移ります。講師と受講生という枠組みを外して、お互いが一人の人間として学び合うための畏敬の儀式という位置づけです。最後の「宜しくお願いします」は、一人ひとりが全員に対して頭を垂れて、これがキックオフとなります。
ここまで30分~40分を要しますが、この段階までには、受講者の気持ちをギュッと掴みたいのです。そして、難しい課題ではありますが、これから始まるまこPに思いを巡らして、一人ひとりの自発的な動機づけを促したいのです。
続いて、脳内を柔らかくするための頭の体操へと進みます。今回は、“頭の中の枠を取り除くパズル”、“教わるとは?のケーススタディ”に取り組んで頂きました。
休憩をはさんで、肝心の『オリエンテーション』です。
「1.まこPのねらい」、「2.ねらい実現のためのスケジュール」、「3.まこPの基本ルール~心構えや行動規範」、「4.次回までの宿題の確認、連絡事項」、「5.本日の所感作成」を120分使って進めます。各単元が関連し合って、澱みなく流れるようにストーリー化して対処します。初日のオリエンテーションは、正に私のパーソナルインフルエンス(personal influence)の程度が試される場であり、露呈する場なのです。希望される方には、その内容を開示したいと思います。
今回ご紹介したORの進め方は、私にとりましては、どのような研修においても応用可能な基本パターンになりました。これをひな型として、それぞれの教育機会の目的に沿って、“ねらい”、“ねらい実現のスケジュール”、“ルール-心構えと行動規範”、そして“開講宣言”を考察し構築するようにしております。納得して実施できるレベルに達するまで、5年以上の試行錯誤を要したと思います。自信をもって進められるようになったのは、10年を経てからだったように感じます。いずれにしても、目的意識を持ち続けてチャレンジした結果ではないでしょうか。
さて、如何だったでしょうか。
何事も、『謙虚に学ぶ ? 自力で考える ? 悩みぬいてでも決める ? 信じて実践する ? 客観的に検証・評価する ? 修正して次のステップへ進む』の繰り返しと積み重ねが、私に適した人生のサクセスロードだと思い続けています。古希の呟きでした。
(2017.9.15記)