エッセイ133:私の初心からの賜りもの

投稿日:2017年3月21日

 元祖ID(Important Date)野球を実践した野村克也氏は、名選手であり名監督でした。ボヤキ風のものから、卓見と感心させられるものまで、数多くの野村語録なる名言が存在します。私にとりましては、ビジネスパーソンの行動指針として共感できるものがいくつもあるのです。
 その中には「原因と結果の関係」に相通じる語録がありました。
 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」です。後半部分の“負けに不思議の負けなし”は、正に『悪因悪果、自因自果』であり、ビジネスに置き換えると“失敗に不思議の失敗無し”なのです。悪因悪果、自因自果を肚に落とし、成功確率の高い問題解決の基本手順(PDCAサイクル)をキチンと回すこと、スパイラルアップすることが、学習効果の高い集団のあるべき姿なのだと思います。正に仕事の進め方の1丁目1番地ではないでしょうか。
 能役者・能楽師の世阿弥の言葉に、「初心忘るべからず」というのがあります。この有名な格言の意味は、「自分の芸が未熟であったことを、いつまでも忘れるな」なのです。その真意は、芸は未熟なのに人気が先行して、その結果“芸が優れている”と勘違いしてしまう、そんな若い役者が出てくることがあります。その役者に対する戒めが、世阿弥の本意だったのです。
 私には、忘れられない初心、忘れてはならない初心が、数えきれないくらいあります。特に昭和60年代から平成初期までの期間は、私の初心の溜まり場でもありました。人事教育の仕事に携わっての30数年間を振り返って、さらに多くの初心を見いだすことができます。新社会人なりたての昭和44年(1969年)代まで遡りますと、赤面ものの未熟な姿のオンパレードになりそうです。この年になっても、未熟と思しき顔が出てきます。
 だから、『謙虚』と『真摯』の四文字を心に刻んで、一生学ぶ人であり続けようと思います。

 今回のエッセイは、私の初心からの学習成果事例を紹介したいと思います。エッセイ40&41回の再来です。

私の初心からの賜りもの~仕事の進め方の基本的フォルムの修得
 
 以前のエッセイでは、“一生忘れてはならない私の初心”の具体例をいくつか披露させて頂きました。時を経て振り返って実感したそれらの初心(未熟な私)は、上を向いて前に歩を進める推進力となってくれたのでした。言葉に表せそうにもない閉塞的うつ症状を感じながらも、何とか踏ん張って、目の前の仕事や課題から逃げずに向き合って対処しているうちに、背中をそっと押してくれる支援的賜りものが増えていることがありました。それらは、後々になって気づいたものがほとんどでしたが。
 実力も精神力も十分に備わっていなかったひよこ時代は、課題を提示されて直ぐに、何をするのかという目先の方法論だけが気になりました。“何よりも競争に負けられない、誰よりもスピード最優先”が大手を振っていた時代でしたから、先手必勝しか頭にありません。一番に気になるのが周りの方々の対処法で、それを裏返して考えてみれば、自分自身の未熟さ、自信の無さの表れだったと思います。偏狭な視野からの思いつきに先導されて、結局、成果を見出せずにスタート地点をウロウロしている自分がおりました。
 専任教育担当なりたての頃の仕事のあり様も、同じ轍を踏んでいる状況でした。もう1年もすれば不惑世代に手が届く年齢にも拘らず、何とも情けない状態だったと思います。その頑迷固陋(がんめいころう)な状態に楔を打ち込んでくれたのは、藁をもすがる思いで学び続けている中から賜ったものでした。そんな実態との縁切りが成立するまでに、5年以上は要したかもしれません。サヨナラするために、延べ数百万円以上の自己投資も厭いませんでした。“今が人生の瀬戸際”という危機感と、“こんなことで負けてたまるか”という一途な目標必達魂が、学び続ける原動力になっていたのだろう、と振り返っております。

 楔を打ち込んでくれた賜りものを一言で表現すれば、“仕事の進め方の基本的フォルム(型)”の重要性を見出すことができたこと、それらが徐々に身についたことでしょうか。新たな課題に取り組む時、何ものにも代え難い賜りものであることを納得させてくれたのです。
 以下、その具体的な中身を列挙してみましょう。

 最初の具体的な賜りものは、仕事を進める上での考え方、あり方、姿勢の基盤の必要性に気付かされたことでした。その根幹となったのが教育理念です。数年もの間、何度も何度も練り直しました。「教育の基本理念(人財育成の着眼点)」(エッセイ122・123回)、「教育活動の基本原則」(エッセイ124・125回)として、現在に至っております。さらに、“教育とは何か?”という自問への回答として、「EDUCO TREE」(エッセイ119回)を植えました。

 仕事遂行上の賜りものには、次のような行動指針が挙げられます。
 基本中の基本は、PDCAサイクルをスパイラルアップし続けることに尽きます。そして、6W3H、報連相、成功確率の高い問題解決の基本手順の要点などを、常にお供に従えることです。
 実行する段になったら、準備万端整えることを、何が何でもやり遂げることです。研修講師であれば、一ヶ月前にはいつでも実施可能の状況にすることを、イの一番の指針と決めました。

 どのような形態であれ、教育機会を企画する時には、「研修企画検討表」に則って進めることを基本原則としました。教育問題の兆候と教育ニーズを四直四現主義で明らかにするところから始めます。実施することが目的の教育機会は、無駄以外の何物でもありません。それだけは、絶対に避けなければいけませんね。
 GOサインの可能性が見えてきたら、ねらい(目的、目標、意図)を明確にすることが何よりも重要となります。平行して、教育機会全体を小説・映画に見立てて、一つの作品としてプロデュースします。ねらいは全体だけではなく、各単元、各カリキュラム別に明らかにしていきます。教材や資料は、ねらい実現に沿って念入りに用意します。これらの作業には、相当の時間を要することになります。
 講師として皆さんの前に立つ時には、私の基本スタンスと進め方を明示することから始めます。A-4版1枚にまとめた“WELCOME、いのうえ塾へ”を配布して、共感・共有を意識しながら理解して頂くことに注力します。
 研修中の基本スタンスは、カウンセラー、ファシリテーター的な引き出し役、メンターという助言役、またある時はガイド、トレーナーとしての道案内役、場合によっては厳父役・慈母役というように、状況に応じた役割を心掛けております引き出すための「グルグル回りの対話」は、自然体でやれるレベルになりました。考えては自問自答することを常に要求することで、自己動機づけ意識を引き出したいのです。

 こうやって数えあげれば、かなりの賜りものの存在に気づかされます。それらが、今後とも基本的フォルムであり続けるのかは分かりかねますが、何事も決め付けることなく、状況に応じて見直す度量を持って日々対処することで、本質を外さないで考えられるようにもなりました。本質を外さないで状況対応することが可能になりました。現在の取り組みも、E森の執筆も、身についた基本フォルムからスタートしていると思います。状況が一変することも視野に入れながら、常にベストを目指して対処すると決めております。
 気がつけば、周りの方々がどうであれ、常に熱意と本気で全力投球することから逃げない私になれたと思います。また、突発的なアクシデントへの対応、スケジュールや方向性の変更への対応も、焦ることなく余裕を持ちながら全体最適で対処することが可能になりました。それらこそが初心からの貴重な賜りもののような気がしてなりません。近年とみに感じております。

                                                       (2017.1.10記)

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