*エッセイ347回は、先月(2025年12月)初旬に書き上げたエッセイです。
2025年(令和7年)も、残すところひと月を切りました。日常の出来事に少しばかり目を凝らしてみると、何かの節目における恒例行事が、一年中全国あちこちで行われているような気がします。規模の大小はともかく、家庭においても楽しみな恒例行事が存在します。そんなことを感じながら、年の瀬の恒例行事に思いを馳せてみたくなりました。12月の恒例行事といえば、あなたは何を思い浮かべますか。私にとりましては、絞り込むことが難しいほどいくつもあります。今回のエッセイは、クラシック音楽界の12月の恒例行事を取りあげてみたいと思います。
クラシック音楽界の12月の恒例行事は?その経緯と意味
私が思い浮かぶクラシック音楽界の12月の恒例行事といったら、ベートーベンの第九(交響曲第九番ニ短調作品125)演奏会ですね。全国のプロオーケストラによる特別演奏会が、毎年目白押しの状況です。さらに、第九のすそ野の広さを感じさせる演奏会が、全国各地で開催されているようです。先ず、毎年の恒例行事として企画運営されている実例に目を向けてみましょう。
岩手県釜石市では、1978年(昭和58年)に旧釜石市民会館のこけら落とし公演として第九演奏会がスタートしたようです。以降足掛け45年も歌い繋がれましたが、諸般の事情から、2023年12月25日(月)がファイナル公演となりました。しかし、釜石における芸術文化活動の象徴的存在だったことから、釜石の合唱文化を絶やすまいと、「つながろう・つなげよう・絆のコンサート(つなコン)」が2024年12月15日(日)に開催されています。つなごう“かまいしの第九”として、第4楽章を抜粋した形での演奏となりました。今年は、11月9日(日)に「つなコンその2」が開催されました。“会場の皆さんとご一緒に”という企画で、歓喜の歌を歌って、第九の灯をつないだそうです。地方の小都市において、こうやって第九を歌い継ごうとする姿に、敬意を表するしかありません。多くの壁を乗り越えての“かまいし第九”の歴史は、釜石市民のかけがえのない財産であり誇りではないでしょうか。このかまいし第九演奏会には、私がお世話になりました株式会社中田薬局の薬剤師石田昌玄さんが出演されていました。テノールパート担当です。石田さんのファーストステージは2006年(平成18年)とお聞きしております。以来、ファイナル公演まで連続16回ステージを踏まれたそうです。“何年歌っても正解の得られない難曲で、だからこそ挑戦し甲斐のある終わりのない問い”という思いを述べられていました。
香川県立高松高校では、2025年12月11日(木)に高高(たかこう)芸術祭ハートフルコンサートが開催予定です。同校敷地内のプラザにおいて、38回目の第九・歓喜の歌が演奏されます。1988年(昭和63年)に、地域の人たちとの交流を深める目的で、生徒たちによる演奏会として毎年開催される師走の恒例行事となりました。生徒と卒業生などによるオーケストラと合唱団に地域の人たちも参加されています。昨年でしたが、会場を埋めた全校生徒や一般人が歌う様子をテレビ放送で拝見しました。その一体感は感動モノでした。
ところで、ベートーベンの第九が、日本で初めて“いつ、どこで、だれが演奏したのか”、さらに“どうして演奏会が実現したのか”などの経緯をご存知でしょうか。ここからが、今回のエッセイの本論になります。私が知り得る範囲で呟いてみたいと思います。
それまで考えてもみなかった第九の日本初演について私が知ったのは、今から7年ほど前になります。2018年(平成30年)9月21日(金)に、NHK・BS101で放映された「BS1スペシャル“鳴門の第九歌声がつなぐ日独の100年”」を、たまたま観たことがきっかけでした。1918年(大正7年)6月1日(土)、ベートーベンの第九が日本で初めて全曲演奏されました。演奏会場は徳島県板野郡板東町(現・徳島県鳴門市大麻町)にあった板東俘虜収容所、演奏したのは第一次世界大戦のドイツ兵捕虜でした。その経緯やこれまでの活動実績が、「鳴門市公式ウェブサイトなると第九」に詳しく掲載されています。その中から、“なると第九とは…”を転載させて頂きます。
『 なると第九とは…
1918年6月1日。徳島県鳴門市にある板東俘虜(ふりょ)収容所でドイツ兵捕虜によって、ベートーヴェン「第九」交響曲がアジアで初めて全曲演奏されました。初演の背景には、収容所所長である松江豊寿をはじめとする、職員の捕虜に対する人道的な処遇や、捕虜と地元民との国境を越えた心温まる交流など、まさに「第九」が持つ人類愛の精神を体現した史実がありました。その精神は現在でも市民を中心に受け継がれ、毎年6月第一日曜日に開催している「第九」演奏会をはじめ、ドイツ・リューネブルク市との姉妹都市交流、友好のコスモス交流など、多くの活動が行われています。「第九」アジア初演。またその背景にある戦争の最中、国境を越え育まれた友好の絆。そして今なお鳴門市民に引き継がれている「第九」やドイツ兵捕虜が残してくれた財産。これらが、「なると第九」の原点であり、他の「第九」にはない鳴門市固有の財産であるとともに、こうした背景を持つ「なると第九」は、鳴門市から世界に発信すべき誇りでもあります。 』
鳴門市では演奏された6月1日を「第九」の日と定め、全国から仲間を募って、6月の第一日曜日に演奏会を開催しているそうです。今年は、5月25日(日)に鳴門教育大学体育館で第41回演奏会が行われました。
一方、殆んどの第九演奏会は12月が定番です。その経緯も調べてみました。諸説あるようですが、東京藝術大学のギャラリー「藝大アートプラザ」のwebマガジンを参照頂きたいと存じます。それ以外にも、多くの方々の第九に関する見解がWEB上に掲載されていました。その一つひとつに耳を傾けながら、その根底にある何かを学ぶことを楽しみたいと思います。多種多様な見解を学ぶことは、歓喜の歌の意味を知ることだけではなく、平和の意味やあり方を考えるきっかけになると実感した年末となりました。
EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2025.12.8記)
【鳴門市公式ウェブサイトなると第九URL】https://www.city.naruto.tokushima.jp/contents/daiku/about.html
【藝大アートプラザのwebマガジンURL】https://artplaza.geidai.ac.jp/sights/16343/#:~text
【かまいし情報ポータルサイト縁とらんすURL】https://en-trance.jp/news/kamaishishinbun-news/38491.html

