エッセイ338:所感作成は、自身の思いを具体的な形にする行為

投稿日:2025年10月6日

 前回のエッセイ337回において、うっかりミスで忘れ物したことを思い出しました。グリコアーモンドキャラメルの有名なキャッチフレーズ“1粒で2度おいしい”の意味を明らかにすることです。その心は、“アーモンドの香ばしさとキャラメルのコクのある風味の二つが、同時に楽しめるキャラメル”なのだそうです。一挙両得の一例といえそうですね。

 エッセイを呟き始めたのが2005年の春ですから、今年で成人式を迎えたことになります。実を申せば、第1号から序文(或いは露払い的前文)と本文の2本立てになっています。そうしたと言うよりも、そうなった理由を考えてみましたが、定かではありません。どこか据わりが良かったからのような気がします。しばらくして、その据わりの良さが心地好くなってきたのでしょう。序文といっても、特に何かを意識して呟いているわけでもありません。この機会に、これまでのエッセイを紐解いてみますと、いくつかの傾向が見えてきました。先ず、本文の目的・理由・経緯に関することがあげられます。その時々に感じた問題意識が多いようです。それ以外では、本文に関連する事例がありました。また、本文と関係ないことも出てきます。リアルタイムな出来事や季節的事象などでしょうか。そのようなことを繰り返しながら、グリコのキャッチフレーズを真似て、“1話で2度おいしい”を目指すようになり、現在の2本立てに収まったということに尽きます。そんなことが頭をよぎりながら、私が運営する教育機会において、かなりの時間を割いたあるカリキュラムを回想しております。今回のはエッセイは、研修所感作成に込めた意義を呟いてみたいと思います。

所感作成は、自身の思いを具体的な形にする行為

 私が企画運営する教育機会では、手書きによる所感作成に注力しました。日程の如何にかかわらず毎日作成を基本としましたから、15日間の新入社員導入研修の場合、受講者は15種の研修所感作成に挑むことになります。所感は自分自身の考えを述べる形式にしており、その問いは日替わりでしたから、60分の作成予定時間をとっていたと思います。自身の考えをキチンと練り上げて欲しいことと、書き上げるまでの時間に個人差があるからです。また、作成に当たって、いくつかの基本ルールを提示しました。“丁寧に書く。丁寧の尺度は自己判断”、“余白を残さない”、“仕上がったら、誤字脱字をはじめとして見直す”、“全員提出後の終礼を基本とする”などでした。ある時期は、“ボールペンまたは万年筆で記入(鉛筆、シャープペンシル不可)”にしたこともありました。提示した基本ルール一つひとつには理由があって、私の考える理由を丁寧に伝えました。その上で、私見に対する反論・疑問や質問を受け付けることも忘れませんでした。何故なら、本人自身の考えや思いを、紙面に書き出すことの習慣化で得られるメリットに鑑みて、基本ルールに納得してやる気を高めて取り組んで欲しいからです。ここで、何故ルールを設けた手書きの所感作成に拘ったのかを振り返ってみたいと思います。

 元来、研修受講者は所感作成をどのように感じているのでしょうか。“ご免こうむりたい”、“面倒くさい”、“はやく終わりたい”というのが本音で、差しさわりない程度の表現で帳尻を合わせることで済ませる方が多かったのです。判読に苦労する乱雑な書き方、紙面の3割程度に数分間で書き終える方もかなりいらっしゃいました。その時感じたのは、何のために受講しているのかという目的意識に問題があるということです。これでは、時間と経費の無駄遣いになります。このことは、本人だけでなく、会社組織で言えば上長のマネジメントや組織風土にこそ、一番の原因があるのですが……。いずれにしても、所感作成という課題に対するモチベーションは、かなり低いレベルにあったのです。研修受講で大切なことは、“学んだことを仕事現場でどのように生かすか”と、“本人の成長課題を明確にすること”の二点に尽きます。それを自力で考えて意思決定することが、研修受講の最大の肝なのです。仕事環境が変わろうとも、その肝を追求することが、手書きの研修所感作成カリキュラムの目的ということになります。

 また、角度を変えて俯瞰しますと、手で書き出すことの意義が拡がってきます。手で書き表わすということは、身体全体を使って思考することです。自身の思いを魂が宿った文言にしなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。考えを掘り下げて深耕を繰り返しながら、何度も書き出していくうちに文言が紡がれて文章になっていきます。それがオリジナル物語となって希望や展望へと展開するのです。つまり、身体全体で深耕してたどり着いた文言を書き表わすことは、自身の思いをより具体的な形へと導く主体的な行為といえましょう。新社会人には、今この時期にこそ、そんな経験を積み重ねる訓練をして欲しいのです。長い目で見れば、コミュニケーション能力を深化させる訓練の一つだと考えることができると思います。

 以上、手書きによる所感作成の拘りを呟いてみました。デジタル化の進展によって利便性追求が主流ではありますが、人間の考える力を磨き上げる一手段として、ある時期に一定の時間を使って紙に思いや考えを書き出して深耕することで、全体を見渡しながら物事を俯瞰する基礎能力が磨き上げられるのだと思います。社会人なりたての時期に苦闘した手書き訓練が、“年を重ねても目の前の課題とキチンと向き合っていることにつながっている”という声を、何度も頂いております。本当に大切だと思うことを伝えたい時に、人は書きたくなるような気がしませんか。

 最後に、これまで実施した研修所感の問い(回答テーマ)の一部を紹介したいと思います。思考力を磨き上げる問いは無限にありそうです。

新入社員導入研修時

  • あなたは、どのような人間になりたいですか? どのような薬剤師を目指しますか?あなたの志を、具体的に表現してみませんか。
  • 研修中あなたが学んだことの中で、これからの自分の成長のためにもっとも大事だと感じていることを書き記してください。その上で、成長のための取り組み計画を考えてみましょう。
  • あなたの5年後の姿を想像してください。その姿を表現してみましょう。
  • 研修を受講して発見した「今までと違う自分」を披露してください。
  • 今日学んだことの中で、特に心に残っていることを一つ、具体的に書いてください。あわせて、その理由も紹介してください。
  • 明日の目標を一つ、具体化してください。あなたにとって、「やる気」とは何ですか?自分の言葉で表現してみましょう。
  • 「使命感」とは、何だと思いますか?なぜ必要だと思いますか?あなたが10年後に目指す職務・職位は何ですか?その理由は何でしょうか?

新入社員フォロー研修時

  • あなたの目指す薬剤師像実現のために、これからの一年間で必要と感じている教育テーマ(学ぶ必要があると考えているテーマ)全てを、出来るだけ具体的に書き出してみませんか。
  • これからの一年間で取り組んでみたい研究テーマ、研究課題はありますか?それは何ですか?仕事に直接関係ある業務上の課題、究めてみたい医薬品・病気・医療上のテーマなど、薬剤師の資質・存在価値向上に関することであれば、内容は問いません。無い方は、この機会に考えて決めてみましょう。
  • 今回の二つのケーススタディ(「ダウン症・命の記録」、「見えない眼で歩いた街」)から、何を学びましたか?どのようなことを気づきましたか?それらがどのような内容であるのか、三項目以上紹介してください。
  • さあ、基本修得の3年間の最終日(20〇〇年3月31日)の自分に対して、手紙を書いてみましょう。素直に、率直に、思いっきり…… 。あなたから2年後のあなたへの手紙です。
  • 入社して約11ヶ月経ちました。この11ヶ月間で、明らかに前進したと捉えている行動や考え方の変化を紹介してください。また、成長したと実感できるような長所でも構いません。

    EDUCOいわて・学び塾主宰/薬剤師 井上 和裕(2025.8.18記)

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