半年前になります。「リスキリング(Re-skilling)」という言葉を初めて知りました。第210回臨時国会で、岸田文雄内閣総理大臣所信表明演説(2022年10月3日)の経済政策の柱の一つとして5年間で1兆円の公的支援のパッケージ拡充を打ち出したのです。意味を調べてみますと、近年の技術革新などの変化に対応するために、或いは成長分野に移動するために、企業内で新たな知識やスキルに関する職業能力の再開発を行うという概念でした。「学び直し」、「スキルアップ」、「リカレント教育」、「生涯学習」は既知の用語ですが、人材開発・能力開発に関する用語がいくつもあって、各用語の概要やねらい、そして違いなどを理解するのに四苦八苦しております。頭が混乱しそうです。言えることはただ一つ、一生涯学び続けることの意味と意義を腹に落として、あの世に旅立つまで学び続けることではないでしょうか。知らないことが山ほどありますから、生涯学習をサスティナブルな目標へ高めたいと思います。
今回のエッセイは、アナログ人間の私の頭を駆け巡っている能力開発に関するアレコレを呟いてみたくなりました。
あなたに任せておけば大丈夫 ~ 能力が実力となって、はじめて“あてにされる存在”になる
仕事柄、能力という言葉を発する頻度がかなり多かったはずです。これまでのエッセイでの登場回数は、間違いなく5番目以内には入るでしょう。この機会に、共通に理解していることを前提に使っている能力の意味を調べてみました。これまで抱いていた能力開発や社員育成に対する違和感や見解の相違が多かったという現実が、調べようと思ったキッカケになります。
“物事を成し遂げることのできる力”、“物事をやり遂げることのできる力”が、調べた結果でした。有り体に言えば“保有している知識・技能”が能力ということになりそうです。しかし、保有している知識・技能も使わなければ宝の持ち腐れになり、仕事のパフォーマンスにも大きく影響しますから、保有しているだけでは仕事が成り立ちません。大切な着眼点は、能力評価というのは、その人の仕事遂行状況を観た組織メンバーや顧客が判定するのだという考え方です。ですから、能力というよりも実力という表現の方がしっくりとくるような気がしています。実力は、“物事をやり遂げるために発揮している力”ですから、心技体の総合能力と言い換えることができそうです。そう考えていくと、それぞれの任務を果たすためにコツコツと努力を積み上げながら、仲間や顧客から「あなたに任せておけば大丈夫。あなたにお願いします」とあてにされる存在に達してはじめて、実力と称される能力が身についたことになります。それが、日々の能力開発の本質的基本なのだと思います。
元来、先行き不透明で経営環境の変化が激しい中で生き残るためのキーワードは、変化への適応と革新しかありません。その対象は、製品開発に関する各種技術はもちろんのこと、組織のあり様、企業運営やコミュニケーションの方途、仕事の進め方、人材育成など多岐に渡ります。能力開発に関しても考え方から具体的手法にまで及びます。一方で忘れてはいけないのが、私見になりますが能力開発の王道である自己啓発の重要性です。具体的には、目の前の課題や方針に基づいて分担する仕事一つひとつを、小石を積み上げるように倦まず弛まず自主自律で誠実にこなしていくことです。“こなす”とは、その時々の変化に適応する方途を自力で考え抜いて試行錯誤することですから、リスキリングのような学び直しが、必ずついて回ってくることを強調したいと思います。
いずれにしても、温故知新の発想で、本来あるべき自己啓発意識の醸成を怠ってはいけません。私の考える人材育成像は、自己啓発できる人材です。目的意識を持って、自ら考え、自ら判断し、自ら行動する人材です。その結果が、仲間や顧客から「あなたに任せておけば大丈夫。あなたにお願いします」とあてにされる存在につながるということではないでしょうか。
私が人事教育の仕事に就いてから37年になります。その間、何度か新たな学び直しをしてきました。リスキリングらしきことを数回体験しております。会社の支援もありましたが、その多くは自己啓発と試行錯誤のコツコツ努力と気力で乗り越えました。やる気が途切れなかった一番の要因は、「井上さんに任せておけば大丈夫」とあてにされていたことです。当時は感じていませんでしたが、学び直しで培った保有能力を実力レベルに押し上げて発揮していたのかもしれません。
人財開発部/EDUCOいわて・学び塾主宰 井上 和裕(2023.4.5記)