今の時代の現役教育担当から、どれだけ共感して頂けるのだろうか? 全く計り知れませんが、出会ってから意識し続けている行動指針があります。それは、19世紀の英国の哲学者・教育学者ウィリアム・アーサー・ワードの至言です。
凡庸な教師はただしゃべる。
良い教師は説明する。
優れた教師は自ら示す。
偉大な教師は心に火をつける。
教師という表現を、教育担当、人事担当、部下を持つマネジャーなどに置き換えて、人材育成が主要任務の方々の不易の心構え、或いは自戒・自省の行動指針として引用しております。
「心に火をつける」とは、“やる気を引き出すこと”。正に、教育の語源であるEDUCOのことです。さらに、その火は実行動へと受け継がれなければ元の木阿弥となります。意識と行動をセットで変革に導いて、はじめて“火をつけた”と言えましょう。私は、そのように解釈しております。
人の心に火をつけるためには、力のある言葉を学びとり、その言葉の使い方を吟味し、心に届く眼差しと雰囲気をもって、心に響く話し方で、全力投球することを忘れてはいけません。問いかけ続けること、問い質し続けることを忘れてはいけない、と心に刻んでおります。
今回のエッセイは、心に火をつける剤には何があるのか、一緒に考えてみたいと思います。
私が心がけているヤル気の点火剤は?
エッセイ126回(日常の教育機会の指導ポイント)の復習からスタートしましょう。
その指導ポイントの一つ「部下や受講者のやる気・好奇心・感受性を高めて、想像力を養い発揮させる」は、全4項目の中でもハードルの高いテーマです。しかし、避けて通ることの許されない根源的なテーマなのです。難しい課題ではありますが、そう意識しながら、根気強く働きかけていけば、徐々にやる気や感受性が高まっていくことを、何度か体験してきました。その体験を信じて働きかけていけば、自ら学ぶことを楽しんでくれる様子が、雰囲気として感じられるようになります。“勉強が楽しくなりました”、“生まれて初めて学ぶことが好きになりました”と、照れながら発する人も出てくるのです。
実際に指導する際のコツは、小さな努力をコツコツ継続させて、スモールサクセスストーリーを積み上げさせることに尽きると思います。この場合、仕事の進め方の土台として、“目標によるマネジメント”の定着が前提となりますが、この件は別の機会に取りあげたいと思います。
一方、現実はどうかと言えば、思うような成果に結びつかないことや失敗の方が、はるかに多いのが実態ではないでしょうか。その比率(成功率<失敗率)から察すれば、日々の失敗から学ばせることはさらに重要なのです。そして、“毎日の小さな努力を、何年も何十年も積み重ねるしか道はないと覚悟させること”は、もっと大切だと思えてきます。経験の浅い段階では何も見えてきませんが、辛抱強く行動させ続けていけば、的確な問題意識が拡がっていく感覚が芽生えてくるものです。やる気はもとより、好奇心も感受性も、そして想像力も高まっていくのです。成長度合いを確認し合いながら、より積極的な行動姿勢を引き出し、継続行動を促して粘り強く育んでいくことではないでしょうか。
エッセイ141のスタートとして、心に火をつける上での基本的な考え方を申しあげました。ここからは、今回のテーマである心がけている点火剤の正体について、話を進めたいと思います。
先ず、最初に明言しておきたいことがあります。人材育成を任務とする方々の行動姿勢についてです。
何が点火剤の正体であるかは、“一人ひとりが試行錯誤を繰り返して、自力で考えて見定めよ”ということです。“本気になって究明しなさい”と、ハッキリ申しあげておきましょう。正体を意思決定したなら、間髪入れずに当たり前に実行することです。描いた目標のレベルまで、満足できるレベルまで、克己心で追求し続けるだけです。言葉にすれば簡単そうに思えるかもしれませんが、相当量の努力と覚悟が必要となります。自らの手で掴み取るしかありませんから、実践行動の積み重ねが不可欠です。正体が何であるかを知ることは簡単であっても、スキルに辿り着く時間距離はオリンピック並みと心得てください。だから、“克己心で… ”と付け加えたのです。
ここからは、私が心がけている点火剤の正体をつぶやいてみましょう。
企業内教育に従事する教育担当者にとって、社員との信頼関係なくして任務を果たすことは不可能でしょう。友好的な関係を築くことはそんなに難しくはありませんが、信頼関係は容易く構築できるものではありません。確固たる指針と信念無しには、本物の信頼関係には至らないと思います。その信頼関係樹立のために、私は五つの行動指針を掲げております。
「?目の前の課題に、自ら進んで取り組むこと(率先垂範)」、「②真剣に、一所懸命立ち向かうこと」、「③最善を尽くすこと」、「④先ず受け入れてみること(肯定的に、前向きに)」、そして「⑤誠実に全力投球すること」です。
五つ目の「誠実に全力投球すること」は、私が心がけている一番の行動指針です。これだけは“手を抜かない”と決めた指針なのです。納得するレベルに行き着くまでには、何度も苦い経験を味わいました。ある時から、誰が何と言おうと「誠実に全力投球すること」と、自分の心に誓いました。一所懸命働きかけていると、真剣に耳を傾ける人の存在を感じるようになりました。ぶれずに全力投球し続けていると、表情や姿勢からやる気を感知できるようになります。私が真剣であれば、私の真剣さが伝わる感覚が認識できるようになりました。
「井上さん、今日も全力投球でしたね。……」
20年以上前になりますが、この一言は私の背中を後押ししてくれました。3日間の新任マネジャー研修の反省会において、系列会社のある教育担当が発した感想です。それ以来、全力投球という評価は、私にとっての最高の励みの言葉になりました。そのような評価を支えに、ここまで人財育成の志事を続けられていると思います。さらに、実現が難しくても全力投球で対処しさえすれば、年齢に関係なく、まだまだこの志事が続けていけると思えるのです。
もう少し掘り下げて、点火剤の正体を考えてみたいと思います。紹介した私の行動指針を支えてくれる心的側面の存在です。それは、「愛情」、「情熱」、「本気」のトライアングルです。「熱意」、「誠意」、「根気」と言い換えても良いでしょう。五つの行動指針とは、車の両輪の関係ですね。これらとの関わりが成否の鍵を握っている思います。
一方、状況にもよりますが、心的側面はストレス源へと変化することもあります。教育担当にとって、常に抱える心の重しになることが考えられるのです。それは、教育の成果が表れるまでには、かなりの時間を要するところにあります。研修を実施した翌日から、成果が表れるような簡単な問題ではありません。5年、10年、20年と経験を積み重ねながら、気がついたら積み重ねた教育の効果が出てくるものだと思います。ですから、ストレスを感じたならば、こんな視点で打っちゃってください。
「効果が出ないからと止めてしまっては、未来永劫ダメになる。教育はそんな簡単に成果が出るものではないと。
私の目標の一つは、“人間的魅力をもっと高めて、影響力を発揮できるようになること”です。今回のテーマである心がけている点火剤の正体は、私に合った目標達成の行動指針であることが再確認できました。繰り返して申しあげます。人材育成が任務の皆さんには、メンバーの心に火をつけるオリジナル点火剤を、日々意識して追求して頂きたいと思います。
(2017.4.5記)